検索欄、俺より俺の過去を覚えてる
スマホで何かを検索しようとすると、まだ文字を入力していないのに過去の検索候補が出てくる。便利な機能のはずなのに、そこに並ぶ言葉を見ていると「俺、こんなこと調べたっけ?」という妙な気持ちになる。検索欄に残る過去と、忘れていた自分の行動をめぐって、話は思わぬ方向へ進んでいく。
スマホで何かを検索しようとすると、まだ文字を入力していないのに過去の検索候補が出てくる。便利な機能のはずなのに、そこに並ぶ言葉を見ていると「俺、こんなこと調べたっけ?」という妙な気持ちになる。検索欄に残る過去と、忘れていた自分の行動をめぐって、話は思わぬ方向へ進んでいく。
スマホを見ると、アプリの右上に赤い数字が並んでいる。たった一件なのに妙に気になる通知、消したはずなのにまた現れる数字、開くまで何なのか分からない赤丸。必要な情報を知らせているだけのはずなのに、いつの間にか数字そのものに追い立てられているような感覚が生まれてくる。
車内に並ぶ「iPhone」「AirPods」「KENJAのスマホ」……。ただ接続するだけのはずなのに、機器の名前には妙な個性がにじんでいる。名前を付ける側と、名前を見られる側。その境目を考え始めると、Bluetoothの一覧が少し違って見えてくる。
検索候補は便利なのに、ときどき自分より先に答えを決めてしまう気がする。速さを手に入れた代わりに、質問を育てる時間は少し減ったのかもしれない。たまには最後まで打ってみると、違う景色が見えてくる。
「あとで読む」「あとで見る」「あとで調べる」。便利なはずの保存機能は、いつの間にか巨大な倉庫になる。人はなぜ『あとで』を増やし続けるのか。
通知を消したはずなのに、なぜか「あとで読むつもりだった」と思い続けてしまう。情報よりも気持ちのほうが先に消えているのかもしれない。