電子レンジの残り1秒を見届ける
なぜか残り10秒を切ると、その場を離れられなくなる。普段なら気にも留めない数秒が、終わりを待つための特別な時間に変わっていく。たった1秒を見届けることから、日常の「待つ」という行為の妙な感覚が浮かび上がってくる。
なぜか残り10秒を切ると、その場を離れられなくなる。普段なら気にも留めない数秒が、終わりを待つための特別な時間に変わっていく。たった1秒を見届けることから、日常の「待つ」という行為の妙な感覚が浮かび上がってくる。
使い終わったトイレットペーパーの端が三角に折られていると、なぜか「誰かが整えてくれた」と感じてしまう。けれど、それは本当に親切なのか、それとも次に使う人への妙なメッセージなのか。三角形ひとつをきっかけに、トイレットペーパーの端にまで人間関係が見えてきて……
荷物を預けるためのコインロッカーなのに、なぜか中身を入れた瞬間から、その荷物の存在そのものを忘れたくなる。そんな不思議な距離感に気づくと、ただの四角い箱だったはずのコインロッカーが、少し違って見えてくる。
飛行機に乗らない日にも、スマホには「機内モード」がある。名前だけを信じれば出番の少ない機能なのに、実際には電波から少し離れたいときにも使えるらしい。では、機内モードにしたスマホは、いったい何から逃げているのか。名前と役割の微妙なズレを追いかけるうち、スマホとの距離まで少し変わってくる。
店に入ると、料理より先に出てくる小さなおしぼり。手を拭くためのものなのに、開く瞬間や使う場所、使い終わった置き方まで、なぜか人それぞれの作法がある。そもそも、あのおしぼりは本当に「手だけ」を拭くために存在しているのか。いつもの食事の前に置かれた一枚から、妙な疑問が始まっていく。
寿司を食べに行くと、注文した覚えのないガリがそこにいる。しかも、好きなだけ取っていい顔をしている。食べ物なのに主役でも脇役でもなく、寿司と寿司のあいだにだけ現れる存在。いつの間にか当たり前になっていた、あの薄切りの生姜を眺めていると、寿司屋の時間そのものが少し不思議に見えてくる。
玄関の傘立てには、傘が一本もない日にも妙な存在感がある。雨の日のために置かれているはずなのに、晴れた日のほうがその空席を意識してしまう。そこにあるのは傘なのか、それとも「いつか使うかもしれない」という予定なのか。そんなところから、傘立ての役割が少しずつおかしく見えてくる。
スマートフォンに話しかけるときだけ、なぜか妙に礼儀正しくなる。機械なのだから気にする必要はないはずなのに、「お願いします」「ありがとうございます」と言ってしまう。その不思議な距離感をきっかけに、便利な道具との付き合い方が少しずつ変に見えてきて……
風呂に入った瞬間、なぜか毎回ほぼ同じ場所から洗い始めている。そこに意味があるのか、ただの癖なのか。考えてみると、体を洗う順番には、自分でも気づいていない妙なルールが隠れているらしい。
「箸置きってさ、箸のためのベッドだろ」――そんなひと言から、猫や魚の形をした箸置きに箸を預けることの不思議さが広がっていく。なくても食事はできるのに、なぜか食卓にいる小さな道具。箸置きを眺めていると、いつもの食事が少し違って見えてくるかもしれない。