財布の中で引退しない人たち
Kenja「財布がパンパンなんだけど。レシートでも溜めてるの?」
Gusha「違う。スタンプカード」
Kenja「まだあったのか」
Gusha「まだある」
Kenja「何枚あるの?」
Gusha「数えたら終わる気がするから数えてない」
Kenja「終わらせるために数えるんだよ」
Gusha「でもさ、あと3個でいっぱいになるカードとか捨てられないだろ」
Kenja「いつ行った店なんだよ」
Gusha「3年前」
Kenja「もう別の人生だろ」
Gusha「でも、あと3個なんだよ」
Kenja「その理屈なら永久保存だ」
Gusha「スタンプカードって不思議なんだよな。買い物した記録なのに、途中から未来の話になる」
Kenja「未来?」
Gusha「あと何回来れば特典です、って言われるじゃん」
Kenja「そうだな」
Gusha「だから財布の中で『いつか行くかも』が増殖する」
Kenja「増殖するな」
Gusha「行ってないパン屋もある」
Kenja「じゃあ何で持ってるんだよ」
Gusha「いいパンだったから」
Kenja「行ってないのに?」
Gusha「最後に行った時が」
Kenja「日本語が壊れてる」

Gusha「この前、整理しようと思ったんだよ」
Kenja「ようやくか」
Gusha「そしたら見つけたの。あと1個で特典のカード」
Kenja「危険なやつだ」
Gusha「捨てられなくなった」
Kenja「むしろ一番捨てやすいだろ。取りに行けば終わるんだから」
Gusha「でも、そのためだけに行くのも違うじゃん」
Kenja「じゃあ捨てろ」
Gusha「でも、あと1個なんだよ」
Kenja「その言葉に何かの呪いがあるな」
Gusha「あると思う」
Kenja「認めるな」
Gusha「カードって紙なのに、途中から努力の記録になるんだよ」
Kenja「まあ、それは少し分かる」
Gusha「ほら」
Kenja「全部は分からないぞ」
Gusha「あと2回とか、あと1回とか見ると惜しいんだよ」
Kenja「達成率90%のまま終わるのは気持ち悪いか」
Gusha「そうそう」
Kenja「ゲームのクエストみたいなものか」
Gusha「財布の中に未完了ミッションが住み着いてる」
Kenja「急に分かりやすくなったな」
Gusha「しかも特典はコーヒー1杯だったりする」
Kenja「そこなんだよ。冷静に計算すると得してない場合も多い」
Gusha「でも計算じゃないんだよ」
Kenja「そこが厄介なんだ」
Gusha「ゴールテープが見えてるのに走るのやめるの嫌じゃん」
Kenja「スタンプカードを陸上競技にするな」
Gusha「だから財布が重い」
Kenja「原因は理解してるんだな」
Gusha「理解してても捨てられない」
Kenja「人間らしい欠点だな」
Gusha「この前、思い切って何枚か捨てたんだよ」
Kenja「できたじゃないか」
Gusha「そしたら財布が軽くなった」
Kenja「当然だ」
Gusha「でも少し寂しかった」
Kenja「何なんだよ」
Gusha「行かなくなった店との縁が切れた感じ」
Kenja「……ああ」
Gusha「だろ?」
Kenja「いや、だろじゃないが」
Gusha「分かった?」
Kenja「分かったというか、財布の中に思い出を入れていたのかもしれないな」
Gusha「そうそう」
Kenja「特典が欲しかっただけじゃなくて」
Gusha「うん」
Kenja「また行くかもしれない、も入ってたのか」
Gusha「だから引退しないんだよ」
Kenja「なるほどな」
Gusha「お、1枚増えた」
Kenja「増えるのかよ」
Gusha「昨日もらった」
Kenja「見せてみろ」
Gusha「ほら」
Kenja「……あと9個か」
Gusha「遠いな」
Kenja「いや、遠いんだけど」
Gusha「捨てる?」
Kenja「まあ、とりあえず財布に入れとけ」
Gusha「そうなるよな」
Kenja「そうなるな」
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