雑に生きる才能
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Gusha「Kenja、最近わかったんだけどさ。俺、雑に生きる才能あるわ」
Kenja「才能として言うことじゃないだろ」
Gusha「違う違う。昨日カレー作ったのよ」
Kenja「お、珍しいね」
Gusha「でも途中で面倒くさくなって、鍋から直接食った」
Kenja「最悪の“ていねいな暮らし”の続編だな」
Gusha「いや、でもその時ふと思ったの。皿って、“見栄”かもしれんって」
Kenja「極論が早いんだよ」
Gusha「だって鍋、あったけえし。洗い物減るし。合理的じゃん」
Kenja「合理性だけで全部決めると、部屋が倉庫みたいになるぞ」
Gusha「もう半分なってる」
Kenja「誇るな」
Gusha「でもさ、不思議なんだけど。鍋から食ってる時、ちょっと虚しかったんだよな」
Kenja「そりゃそうだろ」
Gusha「なのにコンビニでプリン買って、ちゃんと皿に移したら急に“人間”戻ってきた」
Kenja「プリンで文明を感じるな」
Gusha「いや、あれすごいぞ。“今日まだ終わってません”感が出る」
Kenja「何その感覚」
Gusha「鍋直食いって、“もう今日は閉店です”なのよ。でも皿にプリン乗せた瞬間、“本日の営業を再開します”ってなる」
Kenja「人生を飲食店みたいに言うな」

Gusha「だから最近わかった。人って、腹満たすだけじゃダメなんだな」
Kenja「まあ、それはそうかもね。ただ栄養取るだけなら完全食でいいわけだし」
Gusha「でも完全食だけだと、“飼育”っぽいじゃん」
Kenja「ん?」
Gusha「なんか、“今日を過ごした感”が欲しいんだよ」
Kenja「……ああ」
Gusha「俺ずっと、“効率よくダラダラする方法”探してたの。でも時々、非効率入れないと脳が『生きてる』判定しないっぽい」
Kenja「それはちょっとわかる」
Gusha「あら?」
Kenja「コーヒーをマグに入れるだけで少し落ち着く時はある」
Gusha「あれ?」
Kenja「でもそれを“ていねいな暮らし”とか言われると、急に構えちゃうんだよ」
Gusha「わかる。“ちゃんとしろ圧”あるよな」
Kenja「そう。SNSで見ると、“毎日こんな綺麗に生きろ”って言われてる気になる」
Gusha「俺なんか朝、床に落ちた靴下を“明日の俺へのプレゼント”って呼んでるぞ」
Kenja「嫌すぎるプレゼントだな」
Gusha「でもさ、“全部ちゃんと”じゃなくて、“一個だけ丁寧”ならできそうじゃね?」
Kenja「……一個だけ?」
Gusha「うん。鍋直食いの日でも、最後にプリン皿に乗せるとか」
Kenja「基準が独特なんだよなあ」
Gusha「でも、お前もあるだろ? 地味にやってるやつ」
Kenja「……本読む時、ちょっといい照明つける」
Gusha「うわ、出た。“生活の小技”」
Kenja「笑うな。でも、その方が内容入ってくる気がするんだ」
Gusha「ほらもう。“意味ないけど意味ある”の世界来てる」
Kenja「悔しいけど、完全否定はできない」
Gusha「だろ? 人間ってたぶん、ちょっと演出しないと生きられないんだよ」
Kenja「演出って言うと浅く聞こえるけど……まあ、“気分を整える儀式”みたいなものか」
Gusha「そうそう。俺のプリンも儀式」
Kenja「鍋からの落差がすごい」
Gusha「でも最近、思うんだよな。雑に生きるのって楽そうで、実は結構疲れる」
Kenja「ん?」
Gusha「全部を適当にすると、“何も覚えてない一日”になるんだよ」
Kenja「それ、ちょっと嫌だな」
Gusha「だからたまに、“ここだけはちゃんとする”が必要なのかも」
Kenja「小さい区切りを作る感じか」
Gusha「うん。まあ俺は今日も鍋から食うけど」
Kenja「全部は変わらないんだな」
Gusha「でもプリンは皿に乗せる」
Kenja「そこだけ妙に信念あるの、なんなんだよ」
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