電子レンジの残り1秒を見届ける
Gusha「電子レンジの残り1秒って、見届けないと人生に失礼だよな」
Kenja「いや、ただの加熱終了1秒前だろ。そこに人生を背負わせるな」
Gusha「でも0になった瞬間、俺たちが何かを成し遂げた顔になる」
Kenja「お前だけだ。しかも電子レンジは何も成し遂げてない」
Gusha「いや、熱くした」
Kenja「それは成し遂げてるな」
Gusha「ほら」
Kenja「ほらじゃない。で、何がそんなに気になるんだ?」
Gusha「俺、残り10秒になると急に電子レンジの前から離れられなくなる」
Kenja「それは珍しいな。普通は10秒なら別のことをする」
Gusha「できない。9、8、7って減っていく数字を、こっちも一緒に生きてる感じがする」
Kenja「2010年代のスポーツ中継じゃないんだから、カウントダウンに感情移入するな」
Gusha「6」
Kenja「今やるな」
Gusha「5」
Kenja「聞け」
Gusha「4。ここからが大事」
Kenja「何が?」
Gusha「3。もう電子レンジと俺の間に、誰にも入ってほしくない」
Kenja「2。怖いぞ」
Gusha「1……」
Kenja「なんで黙る?」
Gusha「0」
Kenja「普通に終わったな」
Gusha「……終わった」
Kenja「そりゃ終わる」
Gusha「俺たち、今まで一緒に走ってきたのに」
Kenja「加熱してただけだ」
Gusha「お前は冷たいな。今、俺の心は冷凍食品より冷たい」
Kenja「うまいこと言ってる場合じゃない」
Gusha「でも不思議じゃない?1分なら待てるのに、残り10秒になった瞬間、待つことが目的になる」
Kenja「それはあるかもしれない。10秒なら途中で別の作業を始める意味がないから、自然に終わりを待つ」

Gusha「つまり人間は、残り時間が少なくなると急に暇を大事にする」
Kenja「そこまで一般化するな」
Gusha「残り30秒だとスマホを見る。でも残り8秒だとスマホを置く」
Kenja「確かに、8秒で通知を見るのも中途半端だ」
Gusha「残り3秒で通知が来たら?」
Kenja「見る」
Gusha「裏切った」
Kenja「何をだよ」
Gusha「電子レンジとの約束を」
Kenja「約束してない」
Gusha「でも、音が鳴るまで見届けるっていう、無言の契約がある」
Kenja「ない。メーカーも説明書にそんなこと書いてない」
Gusha「じゃあ、音が鳴ったあとすぐ扉を開けるのは?」
Kenja「普通だろ」
Gusha「俺は少し待つ」
Kenja「なんで?」
Gusha「余韻」
Kenja「電子レンジに?」
Gusha「ピーッて鳴ったあと、庫内の光が消えて、ファンの音だけ残るだろ。あそこに一日の区切りがある」
Kenja「急に詩人になるな」
Gusha「熱々のご飯を持って、俺も次の時間へ行く」
Kenja「その言い方なら、毎日ちゃんと生活してる人みたいだな」
Gusha「実際は、ラップを外すのに熱くて指を振ってる」
Kenja「現実に戻るの早いな」
Gusha「だから俺、残り1秒を見届けるの好きなんだと思う」
Kenja「終わる瞬間だけは、ちゃんとそこにいるからか?」
Gusha「……たぶん」
Kenja「じゃあ、電子レンジ以外でも同じなんじゃないか」
Gusha「炊飯器?」
Kenja「洗濯機でも、スマホの充電でもいい」
Gusha「駅の信号でも?」
Kenja「それは危ないから見届けなくていい」
Gusha「じゃあ電子レンジだけにする」
Kenja「それならまあ、平和だな」
Gusha「……今、残り2秒」
Kenja「何入れた?」
Gusha「昨日のカレー」
Kenja「お前、さっきからずっとカレーだったのか」
Gusha「1秒」
Kenja「……」
Gusha「0」
Kenja「……終わったな」
Gusha「うん」
Kenja「……まあ、0になる瞬間はちょっと見てしまうな」
Gusha「ほら」
Kenja「そこを『ほら』で勝ったことにするな」