誰も待っていないベンチ
Gusha「ベンチってさ、待つためじゃなくて途中になるためにあるんじゃないか」
Kenja「何を言ってるんだ。駅のベンチなんて、座るためのものだろ」
Gusha「違うね。あれは人生の途中経過置き場だね」
Kenja「急に意味を増やすな」
Gusha「この前さ、電車を一本逃したんだよ」
Kenja「ただの失敗じゃないか」
Gusha「そうなんだけど、珍しく慌てても意味ない状況になったの」
Kenja「次を待つしかないからな」
Gusha「それでベンチに座ったら、知らないおじさんが缶コーヒー飲んでて、高校生がスマホ見てて、旅行っぽい人が地図を開いててさ」
Kenja「よくある光景だな」
Gusha「でも全員、何かの途中だったんだよ」
Kenja「駅だからな」
Gusha「誰もそこを目的地にしてない」
Kenja「当たり前だ」
Gusha「なのに、なんか面白かったんだよ。途中の人ばっかり集まってる場所って」
Kenja「途中の人しかいない場所か」
Gusha「そう。完成してる人がいない」
Kenja「完成してる人なんて、そもそも存在するのか」
Gusha「お、急に深いこと言った」
Kenja「言ってない」

Gusha「でもさ、不思議じゃない? 公園のベンチは休むためだろ」
Kenja「そうだな」
Gusha「駅のベンチは待つためなんだよ」
Kenja「似ているようで違うな」
Gusha「待つって、ちょっと特殊だよね」
Kenja「何がだ」
Gusha「何もしないことを許される」
Kenja「たしかに移動中だからな。仕事も家事もできない」
Gusha「スマホは触れるけど、あの時間だけは言い訳が成立するんだよ」
Kenja「言い訳?」
Gusha「今は待ってる最中なので、何も進んでませんって」
Kenja「それを堂々と言うな」
Gusha「でも最近、待つ時間って減ったじゃん」
Kenja「動画も見られるし、注文も予約もできる」
Gusha「暇つぶし能力だけ異常に進化した」
Kenja「暇を敵だと思っている節はあるな」
Gusha「だから駅のベンチでぼーっとしてる人見ると、ちょっと安心するんだよ」
Kenja「何に安心するんだ」
Gusha「人類、まだ何もしない時間を完全には絶滅させてないんだなって」
Kenja「大げさだな」
Gusha「だって、ベンチに座って電車待ってるだけなのに、その人の人生が少し見えるんだよ」
Kenja「見えないだろ」
Gusha「見えそうになるんだよ」
Kenja「それは分かる気がする」
Gusha「おっ」
Kenja「出張帰りなのか、旅行なのか、学校帰りなのか。想像はしてしまうな」
Gusha「そうそう」
Kenja「しかも本人は何も語っていない」
Gusha「ベンチって無口だからな」
Kenja「ベンチがしゃべったら怖い」
Gusha「でも、ああいう場所を見ると、急いでる人も、迷ってる人も、とりあえず同じ向きで電車待つんだなと思う」
Kenja「立場は違っても、次の列車を待つ点では同じか」
Gusha「そう。なんか平等」
Kenja「珍しく分かりやすいな」

Gusha「だから駅のベンチって好きなんだよ」
Kenja「座り心地が良いからじゃなくて?」
Gusha「だいたい固い」
Kenja「だろうな」
Gusha「でも、あそこにいると、自分も途中でいい気がするんだよ」
Kenja「途中でいい、か」
Gusha「今日は何も決着してません。でも電車は来ます、みたいな」
Kenja「ずいぶん雑な人生論だな」
Gusha「人生論じゃない。ベンチ論」
Kenja「分類したところで雑だ」
Gusha「今度、電車一本見送ってみなよ」
Kenja「わざとか?」
Gusha「わざと」
Kenja「もったいない気もするな」
Gusha「そう思うだろ。でも、そのもったいなさの中にしか見えない景色もある」
Kenja「見送るかどうかは分からないが」
Gusha「うん」
Kenja「ただ、次に駅で座るときは、少し周りを見てしまうかもしれないな」
Gusha「それだけで十分だよ」