リモコンのボタンには、まだ出番がある
Gusha「リモコンって、たぶん押されるためじゃなくて、押されないボタンを抱えるためにあるんだよ」
Kenja「いや、基本はテレビを操作するためのものだろ。何で急に押されない側が主役なんだ」
Gusha「だって見てみろよ。このリモコン、毎日押されるの電源と音量とチャンネルくらいだぞ」
Kenja「まあ、よく使うのはその辺だな」
Gusha「じゃあ『字幕』は?」
Kenja「使う人は使う」
Gusha「『入力切換』は?」
Kenja「ゲーム機とかレコーダーを使う人は使う」
Gusha「『音声切換』は?」
Kenja「必要な場面では必要だ」
Gusha「ほら。全員、必要なときだけ来るじゃん」
Kenja「ボタンを同僚みたいに言うな」
Gusha「俺だったら『入力切換』の席、かなり寂しいと思う」
Kenja「席じゃない。ボタンだ」
Gusha「家電量販店のテレビ売り場で見てみろよ。展示されてるテレビ、全部リモコン置いてあるだろ」
Kenja「あるな」
Gusha「客が触るの、だいたい電源」
Kenja「まあ、電源を入れないと画面が見られないからな」
Gusha「次に音量」
Kenja「それも普通だ」
Gusha「で、チャンネル変えて、満足して帰る」
Kenja「満足してるかは知らないけどな」
Gusha「その横で『字幕』がずっと待ってる」
Kenja「待ってない」
Gusha「『俺も一回くらい押してほしい』って」
Kenja「ボタンに感情を付けるな」
Gusha「でも、あの数のボタンを見ると、ちょっと気になるんだよ。なんでこんなにあるんだって」
Kenja「テレビができることが増えたからだろ」
Gusha「じゃあ、リモコンってテレビの履歴書みたいなもんか」
Kenja「まあ、機能一覧として見れば近いかもしれない」
Gusha「『私には字幕も出せます』『入力も切り換えられます』『録画機器にも対応できます』」
Kenja「何の面接なんだよ」
Gusha「採用されたあと、電源ボタンだけ働かされる」
Kenja「急にブラック企業になるな」
Gusha「しかも『入力切換』って名前がもう忙しい」
Kenja「名前だけで忙しさを判断するな」
Gusha「押した瞬間、テレビが『HDMI1です』『HDMI2です』『テレビです』って選択肢を出してくるだろ」
Kenja「出てくるな」
Gusha「こっちはただテレビ見たいだけなのに、急に進路相談が始まる」
Kenja「それはお前が入力切換を押したからだろ」
Gusha「間違って押したときの絶望感、すごいぞ」
Kenja「それは分かる。戻し方が分からなくなると面倒だからな」
Gusha「俺、昔一回やった」
Kenja「どうした?」
Gusha「テレビを見てたら急に真っ黒になって、『テレビが終わった』と思った」
Kenja「入力が切り替わっただけだろ」
Gusha「三分くらい待った」
Kenja「待つな。戻せ」
Gusha「その三分、テレビに何かあったのかと思ってた」
Kenja「お前のテレビへの信頼が深すぎる」

Kenja「でも、実際リモコンのボタンって、全部必要なんだろうな」
Gusha「必要だけど、必要になるまで忘れられてる」
Kenja「そういうボタンもある」
Gusha「人間だったら、かなり不安定な立場だぞ」
Kenja「人間と比較するなって」
Gusha「『字幕』なんて、映画見るときしか呼ばれないんだぞ」
Kenja「それでも重要だろ」
Gusha「『音声切換』も、外国語音声にするときだけ急に英雄になる」
Kenja「普段目立たないだけで役割はある」
Gusha「じゃあ俺も『音声切換』みたいに生きようかな」
Kenja「何で?」
Gusha「普段は何もしないで、必要なときだけ急に役立つ」
Kenja「今もだいたいそんな感じだろ」
Gusha「失礼だな。俺は普段から役立ってる」
Kenja「何に?」
Gusha「……会話を長くする」
Kenja「それは役立ってるのか?」
Gusha「記事としては」
Kenja「急に現実的になるな」
Gusha「でも、リモコンって面白いよな」
Kenja「何が?」
Gusha「押される回数が全然違うのに、みんな同じ顔して並んでる」
Kenja「ボタンだからな」
Gusha「電源だけ毎日何回も押されて、『字幕』は半年に一回でも文句言わない」
Kenja「だから感情を持たせるな」
Gusha「……でもさ」
Kenja「何だよ」
Gusha「次にテレビ見たとき、いつも押さないボタンを一個だけ押してみたくならない?」
Kenja「いや、必要がないなら押さないほうがいいだろ」
Gusha「そう言いながら、お前ちょっと『字幕』見ただろ」
Kenja「……見てない」
Gusha「今、見たな」
Kenja「見てない」
Gusha「じゃあ俺、帰ったら押すわ」
Kenja「何を?」
Gusha「一番知らないボタン」
Kenja「それだけはやめとけ」
Gusha「……でも、何が起きるかはちょっと気になる」
Kenja「そこだけは分かる」