エスカレーターの立ち位置は誰が決めた?
Gusha「俺さ、エスカレーターで右側に立っただけで、世界を止めた気分になった」
Kenja「ずいぶん重い罪を背負ったな」
Gusha「後ろから気配がすごかった」
Kenja「駅によるけどな。東京だと左に立って右を空ける人が多いし、大阪は逆だった時代も長かった」
Gusha「怖いよな。国境じゃなくて県境でルール変わるの」
Kenja「実際、地域差はある」
Gusha「俺、転勤したら毎回研修いるじゃん」
Kenja「会社じゃなくてエスカレーターのか」
Gusha「初日に逆へ立ってしまう」
Kenja「まあ、旅行先だと少し迷う人もいるな」
Gusha「でも、あれ誰が最初に『こっち空けようぜ』って言ったんだ?」
Kenja「それは誰か一人じゃないだろ」
Gusha「会議してないよな?」
Kenja「してない」
Gusha「なのに全員知ってる」
Kenja「空気で広がったんだろうな」
Gusha「空気って便利だよな。責任者がいない」
Kenja「責任を押し付ける相手でもない」
Gusha「俺さ、あの日ちょっと疲れてて、真ん中に立ちたかったんだ」
Kenja「真ん中?」
Gusha「左右どっちにも寄らず、王の立ち方」
Kenja「通せんぼだ」
Gusha「『余は流されるだけである』って」
Kenja「流される前に苦情が来る」
Gusha「エスカレーターって歩くものじゃなくて運ばれる機械だろ?」
Kenja「本来はそういう考え方もある。実際、歩行を控えるよう案内している鉄道会社も増えてる」
Gusha「じゃあ立ってていいじゃん」
Kenja「理屈ではそうなんだけど、長年の習慣が残ってる」
Gusha「習慣って強いな」
Kenja「強い」
Gusha「箸もそうだし」
Kenja「それは分かる」
Gusha「カレー食べる前に一回ルーを見る」
Kenja「それはお前だけだ」
Gusha「見るだろ。『今日もよろしく』って」
Kenja「挨拶してるのか」
Gusha「ルーにも心がある」
Kenja「脱線したな」
Gusha「悪い」

Gusha「俺、あの沈黙が苦手なんだよ」
Kenja「後ろに人が並んでる時か」
Gusha「誰も何も言わないのに『察してください』だけ飛んでくる」
Kenja「日本らしい空気ではある」
Gusha「Wi-Fiより飛んでる」
Kenja「接続した覚えはない」
Gusha「しかも俺、振り返れない」
Kenja「なんで」
Gusha「もし後ろに誰もいなかったら恥ずかしい」
Kenja「何と戦ってるんだ」
Gusha「気配」
Kenja「見れば終わる話だぞ」
Gusha「見た瞬間に人が来るかもしれない」
Kenja「量子力学みたいに言うな」
Gusha「観測した瞬間に列が発生する」
Kenja「駅のホームでシュレーディンガーを始めるな」
Gusha「だから俺は前だけ見る」
Kenja「結果、後ろが気になる」
Gusha「人生ってそういうもん」
Kenja「急に深そうなこと言ったな」
Gusha「でもさ、本当に不思議なのは、みんな急いでるようで急いでないところ」
Kenja「どういう意味だ」
Gusha「エスカレーターでは抜かしたい。でも降りた瞬間、改札で同じ速度になる」
Kenja「ああ、それはある」
Gusha「結局また隣になる」
Kenja「追い抜いた意味が薄れることはある」
Gusha「さっきまで命懸けだったのに」
Kenja「命は懸けてない」
Gusha「俺たち、エスカレーターの上だけ別人格なんじゃない?」
Kenja「限定的すぎる人格だな」
Gusha「『急げ急げ!』人格」
Kenja「降りた瞬間に消える」
Gusha「そしてコンビニでおにぎりを選ぶのに三分」
Kenja「時間の使い方が極端なんだよ」
Gusha「人間って面白いな」
Kenja「そういう小さな矛盾でできてるのかもしれないな」
Gusha「今度から迷ったらどうしよう」
Kenja「周りを見て、その場所の流れに合わせればいい」
Gusha「なるほど」
Kenja「でも一番大事なのは」
Gusha「カレーに挨拶?」
Kenja「まだ続けるのか」
Gusha「エスカレーターを見ると、先にルーが頭に出てくるようになっちゃった」
Kenja「もう並ぶ位置より、そっちのほうが心配だな」