財布の中の「期限切れ会員証」は捨てたら負けなのか
Gusha「俺の財布、考古学者が来たら喜ぶと思う」
Kenja「何を発掘する気なんだ」
Gusha「期限切れの会員証が五枚出てきた」
Kenja「ただ整理してないだけだろ」
Gusha「違う。これは財布の地層」
Kenja「地層にするな」
Gusha「一番下から2019年のスポーツジムのカードが出た」
Kenja「年代まで出てきたな」
Gusha「見た瞬間に『おお、この頃の俺は健康になる気だったんだ』って思った」
Kenja「歴史資料みたいに見るな」
Gusha「捨てようと思ったんだけどさ」
Kenja「ようやくか」
Gusha「カードが俺を見てる気がした」
Kenja「見てない」
Gusha「『本当にいいの? 一回しか行ってないよ?』って」
Kenja「むしろ一回しか行ってないから未練を感じてるんじゃないか」
Gusha「『可能性だけ残しておく?』って」
Kenja「財布の中で営業するな」
Gusha「期限切れなのに営業熱心なんだよ」
Kenja「期限切れだからこそ必死なのかもしれないけど」
Gusha「診察券もいっぱいある」
Kenja「それは病院によっては残しておいた方がいい場合もあるぞ」
Gusha「でも閉院した病院のもある」
Kenja「それはもう思い出だ」
Gusha「財布って思い出を持ち歩く装置なんだな」
Kenja「いや、本来はお金を持ち歩く装置だ」
Gusha「お金より思い出の方が多い」
Kenja「財布としての方向性がおかしい」

Gusha「そういえば映画館のポイントカードもあった」
Kenja「もう使ってないのか」
Gusha「映画館そのものが無くなった」
Kenja「それは完全に歴史だ」
Gusha「財布の中だけ営業してる」
Kenja「幽霊店舗みたいに言うな」
Gusha「カードを見ると、その頃よく歩いてた道まで思い出すんだよ」
Kenja「物って記憶の引き金になるからな」
Gusha「だから捨てられない」
Kenja「でも毎日持ち歩く必要はあるか?」
Gusha「そこを聞かれると弱い」
Kenja「箱にしまっておけばいいんじゃないか」
Gusha「財布から卒業アルバムに転校させる感じ?」
Kenja「だいたいそんな感じだ」
Gusha「でも財布から出した瞬間、『もう二度と会えない』気がする」
Kenja「家にあるだろ」
Gusha「財布って毎日会えるじゃん」
Kenja「そんなに会いたいなら額縁に飾れ」
Gusha「『栄光の会員証展』」
Kenja「誰が来るんだ」
Gusha「俺」
Kenja「一人開催か」
Gusha「入場料は無料」
Kenja「客も無料だな」
Gusha「でも会場で泣くかもしれない」
Kenja「何でそんな感動作品になってるんだ」
Gusha「財布ってさ、新しいカードはすぐ入れるのに、古いカードは『お疲れさま』って言わないよな」
Kenja「確かに、入る時は歓迎されるけど、出る時は静かだ」
Gusha「だから俺が送別会をやる」
Kenja「カードの?」
Gusha「一枚ずつ名前呼ぶ」
Kenja「絶対やめろ」
Gusha「『スポーツジム会員証さん。短い付き合いでした』」
Kenja「短かったな」
Gusha「『カフェのポイントカードさん。スタンプ二個だけありがとう』」
Kenja「あと八個で何かもらえたのにな」
Gusha「『期限切れだけど、お前の夢は期限切れじゃなかった』」
Kenja「急に名言っぽくするな」
Gusha「最後は財布を閉じながら拍手」
Kenja「財布の中で卒業式をする人は初めて見た」
Gusha「でも不思議なんだよ。捨てたら軽くなるのは財布だけじゃない気もするし、逆に何か忘れ物をした気もする」
Kenja「物を片付けてるのか、時間を整理してるのか分からなくなる時はあるな」
Gusha「だから今日も一枚だけ残した」
Kenja「結局残すのか」
Gusha「財布にも、一枚くらい化石がいた方が落ち着くんだよ」
Kenja「そのうち本当に博物館にならない程度にな」
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