炊飯器の「できた」は、本当に今なのか
炊飯器から炊き上がりの音が聞こえた瞬間、すぐにふたを開けるのか、それとも少し待つのか。たった数分の違いなのに、そこには妙な駆け引きが生まれる。待っている間に何をしているのか、そもそも炊飯器は何をもって「できた」と言っているのか。台所で始まった小さな疑問が、いつの間にか妙な話になっていく。
炊飯器から炊き上がりの音が聞こえた瞬間、すぐにふたを開けるのか、それとも少し待つのか。たった数分の違いなのに、そこには妙な駆け引きが生まれる。待っている間に何をしているのか、そもそも炊飯器は何をもって「できた」と言っているのか。台所で始まった小さな疑問が、いつの間にか妙な話になっていく。
毎日使っているのに、ある日突然「そろそろ交換してください」と告げられる歯ブラシ。その基準は毛先なのか、使った日数なのか、それとも本人の気持ちなのか。ドラッグストアの歯ブラシ売り場で始まった妙な議論は、やがて「道具の寿命」と「まだ使える」の境界へ向かっていく。
時計を見るたびに、残り時間が増えるわけでもないのに、なぜか気持ちだけが追い立てられる。たった1分で「まだ大丈夫」と「もう無理」が入れ替わる、その不思議な境目。いつの間にか時間を確認する道具に、生活まで判定されている気がしてくる。
休憩は、やる気の途中にあるものだと思っていた。でも実際は、疲れた人がたどり着く避難所みたいなものかもしれない。正しい休み方よりも、自分なりの休み方の方が案外大事なのかもしれない。
予定のない日は自由なはずなのに、なぜか後から埋まっていく。家事や雑務、そして思いがけない休息。