エレベーターの閉ボタン、押すほど焦るのはなぜ?

Gusha「エレベーターの閉ボタンって、押すと自分だけ時間に追われてる気がするんだよな」

Kenja「扉を閉めるためのボタンだろ。何に追われてるんだ」

Gusha「後ろから来る人の足音だよ。まだ廊下の向こうにいるのに、俺の指だけ先に出勤してる」

Kenja「誰もお前に閉めろとは頼んでないぞ」

Gusha「でも、俺が押さないと、このエレベーターは一生開いたままかもしれない」

A blonde woman anxiously reaches for the elevator door-close button while a calm silver-haired man watches beside her.

Kenja「そんなわけないだろ。一定時間が経てば自動で閉まる」

Gusha「じゃあ俺が押してるのは何なんだよ」

Kenja「早く閉めたいという意思表示だな」

Gusha「意思表示にしては、ボタンが小さすぎるだろ。人生を左右する決断を、こんな小さい三角形に任せていいのか」

Kenja「人生は左右しない。せいぜい数秒だ」

Gusha「その数秒で、俺は閉ボタンを三回押す」

Kenja「一回でいい」

Gusha「一回押したあと、閉まるまでの時間が長いんだよ。押したのに反応がないと、機械に無視された気がする」

Kenja「扉が動き始めるまでの時間だろ」

Gusha「俺の指はもう仕事を終えてるのに、扉だけ残業してる」

Kenja「扉に勤務時間を設定するな」

Gusha「しかも、閉まりかけた瞬間に人が来る」

Kenja「それは開けて待ってやればいい」

Gusha「でも、もう閉まり始めてるんだぞ。俺の指は閉める側に投票したあとなんだよ」

Kenja「投票を取り消せばいいだろ。開ボタンを押せばいい」

Gusha「開ボタンに切り替えるの、ちょっと気まずいんだよな」

Kenja「誰に対してだよ」

Gusha「エレベーターに対して。さっきまで『閉まれ』って言ってたのに、急に『やっぱ開いて』って。俺、優柔不断な上司みたいじゃん」

Kenja「ボタンはお前の人事評価をしてない」

Gusha「でも、後ろから来た人が乗ってきたら、俺の指の動きは全部見られてるだろ」

Kenja「普通はそんなところを見てない」

Gusha「じゃあ、誰も見てないのに、俺だけが閉ボタンの責任者なのか」

Kenja「責任者ですらない」

Gusha「名札もないのに責任だけある。つらい職場だな」

Kenja「お前が勝手に就職しただけだ」

Gusha「待てよ。閉ボタンを押さなければ、俺は責任者にならなくて済むんじゃないか?」

Kenja「最初からそう言ってるだろ」

Gusha「でも、それだと誰も押さない可能性がある」

Kenja「自動で閉まる」

Gusha「その自動を信じて待つ。つまり、俺は機械を信頼するという高度な判断をするわけだな」

Kenja「ただ立って待つだけだ」

Gusha「じゃあ、今日から閉ボタンを押さない人間になる」

Kenja「宣言するほどのことか?」

Gusha「ところで、エレベーターって何階まであると、閉ボタンを押したくなるんだろうな」

Kenja「階数は関係ないだろ」

Gusha「一階なら余裕。でも三十階だと、乗ってる間に人生を振り返れるから、早く閉めたくなる」

Kenja「三十階でも移動時間は変わらないだろ」

Gusha「いや、長いエレベーターには独特の空気があるんだよ。誰もしゃべらない。階数表示だけが動く。俺は鏡に映った自分を見て、『この人、何階で降りるんだろう』って考える」

Kenja「自分だろ」

Gusha「自分だと分かってる。でも、あの鏡の中の俺、妙に他人行儀なんだよ」

Kenja「鏡にまで気を使わせるな」

Gusha「そこで閉ボタンを押すと、ようやく何かをした気になれる」

Kenja「移動中に何かをする必要はない」

Gusha「じゃあ、開ボタンはどうだ? あれは人を助けた感じがする」

Kenja「乗り降りする人を待つために使うんだから、そういう場面はあるだろうな」

Gusha「閉ボタンは扉を閉める。開ボタンは人を迎える。どっちも同じ四角い箱についてるのに、性格が違う」

Kenja「機能が違うだけだ」

Gusha「閉ボタンはせっかちで、開ボタンはおもてなし担当」

Kenja「部署を分けるな。ボタンは従業員じゃなくて機械だ」

Gusha「でも、開ボタンを押して人を待ってると、相手が軽く会釈することがあるだろ」

Kenja「ああ」

Gusha「あれ、ちょっとうれしいんだよ。俺、今日も社会に貢献したなって」

Kenja「ずいぶん小さな貢献だな」

Gusha「閉ボタンを押しても、誰も感謝しないからな」

Kenja「扉が閉まるたびに礼を言われても困るだろ」

Gusha「『閉めていただき、ありがとうございます』って毎回言われたら、俺、エレベーターから降りられなくなるかもしれない」

Kenja「お前の仕事はもう終わってるんだよ」

Gusha「そうか。閉ボタンを押すのも、押さないのも自由。俺はただの乗客なんだな」

Kenja「ようやく分かったか」

Gusha「よし。次からは落ち着いて乗ろう。扉が閉まるのを待って、階数を確認して、静かに移動する」

Kenja「それでいい」

Gusha「……あ、誰か来た」

Kenja「開ボタンを押して待ってやれ」

Gusha「分かってる。俺はもう、焦らない」

Kenja「その人、まだ廊下の角を曲がったところだぞ」

Gusha「押しといた」

Kenja「早すぎるだろ」

Gusha「大丈夫。今日は開ボタンの責任者だから」

Kenja「勝手に部署異動してるじゃないか」

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