音だけ置いて帰る
Gusha「風鈴ってさ、めちゃくちゃ変な道具だと思わない?」
Kenja「夏の風物詩に対して第一声がそれか」
Gusha「だって涼しくなるわけじゃないんだぞ。エアコンみたいに温度を下げる能力ゼロ」
Kenja「実際の機能は音を鳴らすことだからな」
Gusha「つまり仕事が『チリン』だけ」
Kenja「かなり雑な説明だな」
Gusha「昨日さ、商店街で風鈴の音が聞こえたんだよ」
Kenja「この時期は多いな」
Gusha「でも、どこの店の風鈴か分からなかった」
Kenja「音だけ聞こえたのか」
Gusha「そう。誰の家かも分からないし、誰が鳴らしたのかも分からない。でもなんか良かった」
Kenja「曖昧すぎる感想だな」
Gusha「考えてみろよ。普通の道具って持ち主のために働くだろ」
Kenja「まあそうだな」
Gusha「傘は持ってる人を濡らさないし、湯のみは使う人がお茶を飲む」
Kenja「当然だ」
Gusha「風鈴だけ、近くを通った知らない人まで勝手に聞いてる」
Kenja「確かに音は共有されるな」
Gusha「すごくない?」
Kenja「急に大発見みたいに言うな」

Gusha「しかも風鈴って、鳴らそうとして鳴らしてないじゃん」
Kenja「風が吹いた結果だからな」
Gusha「つまり『どうぞ聞いてください』でもないんだよ」
Kenja「意図的な宣伝とも違う」
Gusha「なのに聞いた人は勝手に夏を感じる」
Kenja「それは分かる気がするな」
Gusha「不思議だよな。音そのものは数秒で消えるのに」
Kenja「むしろ消えるから印象に残るのかもしれない」
Gusha「おっ」
Kenja「本を読むみたいに所有できないからな。通り過ぎた瞬間しか存在しない」
Gusha「限定イベントだったのか」
Kenja「そういう言い方をすると安っぽくなる」
Gusha「でもさ、たまにうるさい風鈴もあるぞ」
Kenja「あるな」
Gusha「夜中に本気を出してるやつ」
Kenja「風が強い日だな」
Gusha「情緒を超えて実況中継みたいになる」
Kenja「それは否定できない」
Gusha「だから別に完璧な文化じゃないんだよ」
Kenja「完璧だから残ったわけじゃないだろうな」
Gusha「むしろ役に立つかどうかで考えたら弱いよな」
Kenja「温度は下がらないし、何かを運ぶわけでもない」
Gusha「なのに毎年出てくる」
Kenja「人は便利さだけで暮らしているわけじゃないからな」
Gusha「おお、なんか深そうなこと言った」
Kenja「実際、風鈴の音を聞いて『今日は少し風があるな』と思うことはある」
Gusha「俺、それ聞くと冷たい麦茶が飲みたくなる」
Kenja「連想ゲームだな」
Gusha「でもそういうの全部込みで夏なんじゃない?」
Kenja「かもしれないな」
Gusha「つまり風鈴は音を鳴らしてるんじゃない」
Kenja「また変なことを言い始めた」
Gusha「夏を置いて帰ってるんだよ」
Kenja「意味はよく分からない」
Gusha「だろ?」
Kenja「だが、次に風鈴の音を聞いたら少し考えてしまうかもしれないな」
Gusha「ほら。もう一個置いていった」
音だけ残るものたち シリーズ
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