My walking speed changes just in front of that store.

あの店の前だけ、歩く速さが変わる

Gusha「商店街には、人の速度を勝手に変える場所があるんだよ」

Kenja「突然どうした。道路交通の話か?」

Gusha「違う。歩いてると普通なのに、ある店の前だけ急に遅くなる」

Kenja「立ち止まって見ているだけでは?」

Gusha「いや、見ようとしてないのに遅くなるんだよ。吸われるみたいに」

Kenja「それは興味があるからだろう」

Gusha「でも不思議じゃない? 買う予定もないのに」

Kenja「まあ、そういうことはある」

Gusha「この前、竹細工の店の前で五分いた」

Kenja「長いな」

Gusha「竹かご一個も買ってない」

Kenja「完全に冷やかしだな」

Gusha「でも店のおじさんも何も言わないんだよ。むしろ見ていけって顔してる」

Kenja「昔ながらの店はそういう空気があるな」

Gusha「ネットだと違うじゃん」

Kenja「何が?」

Gusha「見た瞬間に『おすすめ!』『人気!』『今だけ!』って走ってくる」

Kenja「確かに向こうから情報が来る」

Gusha「商店街の店は来ないんだよ」

Kenja「来ないな」

Gusha「ただ置いてある」

Kenja「置いてあるな」

Gusha「だからこっちが勝手に近づく」

Kenja「面白い見方だな」

Storefronts with bamboo crafts and daily necessities lined up quietly in an old-fashioned shopping street

Gusha「そういえば、漬物屋も危険だ」

Kenja「危険なのか」

Gusha「前を通るたびに減速する」

Kenja「また速度の話か」

Gusha「なんか樽を見ちゃうんだよ」

Kenja「樽には不思議な力があるのかもしれないな」

Gusha「スーパーの漬物コーナーでは起きない」

Kenja「言われてみれば」

Gusha「たぶん、あの店は漬物を売ってるんじゃない」

Kenja「何を売っているんだ」

Gusha「時間」

Kenja「急に哲学になったな」

Gusha「だって急がされないじゃん」

Kenja「なるほど」

Gusha「別に買わなくてもいいし、選ばなくてもいいし、比較もしなくていい」

Kenja「確かに見て終わることも許されている」

Gusha「だから歩く速度が落ちる」

Kenja「人間が商品を見るというより、風景を見ている感覚に近いのかもしれない」

Gusha「そうそう」

Kenja「観光地でもないのにな」

Gusha「でも、ああいう店がなくなったら商店街ってただの通路になる気がする」

Kenja「商品だけなら他でも買える時代だからな」

Gusha「買う場所じゃなくて、遅くなる場所なんだよ」

Kenja「ずいぶん変な定義だ」

Gusha「でも本当にそうだと思う」

Kenja「少し分かる気もする。用事がなくても眺めてしまう店はある」

Gusha「あるだろ?」

Kenja「あるな」

Gusha「結局、何も買わない日もある」

Kenja「それでも覚えている」

Gusha「そして次に通った時もまた遅くなる」

Kenja「商売として考えると効率は悪そうだが」

Gusha「人間として考えると必要なんじゃない?」

Kenja「歩く速さを戻してくれる場所としてはな」

Gusha「ほら」

Kenja「今度、用事もないのに商店街を歩いてみるか」

Gusha「危ないぞ」

Kenja「何がだ」

Gusha「気づいたら漬物の樽を見てる」

Kenja「それは少し見てみたいな」

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