洗濯ネットの中の服
Gusha「洗濯ネットって、服を洗うためじゃなくて、服を刑務所に入れる袋だろ」
Kenja「違う。衣類を保護するための洗濯用品だ。刑務所という発想になる理由が分からない」
Gusha「だって見ろよ。靴下とかブラウスとか、全部あの白い網の中に入れられて、チャック閉められてるじゃん」
Kenja「自分で入れて自分で閉めてるだろ」
Gusha「でも出るまで自由がない」
Kenja「洗濯機が終われば出られる」
Gusha「つまり刑期が30分くらいの軽犯罪者だな」
Kenja「洗濯コースによってはもっと長い。ちなみに家庭用洗濯機なら標準コースが40分前後になることもある」
Gusha「ほら、ちゃんと刑期がある」
Kenja「洗濯時間を刑期と呼ぶな」
Gusha「俺、コインランドリー来るたび思うんだよ。あの中で服たち、何を話してるんだろうって」
Kenja「話してない」
Gusha「『お前、何色?』」
Kenja「服は喋らない」
Gusha「『俺、昨日カレーこぼされた』」
Kenja「それは服の汚れだ」
Gusha「『俺なんか油』」
Kenja「なぜ服同士で汚れ自慢を始めるんだ」
Gusha「洗濯ネットの中って、妙に距離が近いんだよ。Tシャツと靴下が肩を寄せ合って回ってる」
Kenja「肩はない」
Gusha「じゃあ袖を寄せ合ってる」
Kenja「それならまだ分かる」
Gusha「しかも、ネットに入れる服って、なんとなく扱いが違うだろ。普通の服より大事にされてる感じがする」
Kenja「それは正しい。型崩れや摩擦、引っ掛かりを防ぐために使うものだからな」
Gusha「つまり『お前は大事だから、この檻に入ってろ』ってことだろ?」
Kenja「言い方が完全におかしい」
Gusha「大事なものほど網に入れるんだよ。魚もそうだし」
Kenja「魚と服を同じ扱いにするな」
Gusha「でも考えてみろよ。靴下なんて、ネットに入れないと洗濯機の中で突然いなくなることあるだろ」
Kenja「洗濯ネットは紛失防止にも多少役立つ」
Gusha「だったら刑務所じゃなくて、保護観察所か」
Kenja「なぜ犯罪の枠組みから離れられないんだ」
Gusha「しかもネットから出すとき、服が一斉に出てくるじゃん。『釈放だー!』って」
Kenja「言ってない」
Gusha「俺は毎回ちょっと思ってる」
Kenja「そこは否定しないのか」
Gusha「むしろ洗濯ネットって、人間の性格が出ると思う」
Kenja「どういう意味だ?」
Gusha「全部一枚ずつ丁寧に畳んで入れる人もいるし、服を丸めて押し込んでチャック閉める人もいる」
Kenja「後者はネットの意味を少し損なっているな」
Gusha「俺は後者」
Kenja「堂々と言うな」
Gusha「だって洗濯ネットに入れる段階で、もう疲れてるんだよ。『頼む、あとは機械に任せた』って気持ちだから」
Kenja「家事を委託する最後の一手が雑すぎる」
Gusha「あと、ネットに入れたまま洗濯が終わってるのに、すぐ出さない人いるだろ」
Kenja「いるな」
Gusha「俺、あれを見ると『まだ刑期終わってないのかな』って思う」
Kenja「終わってる。単に取り出していないだけだ」
Gusha「服からしたら一番つらい時間だぞ。釈放されたのに誰も迎えに来ない」
Kenja「そこまで服に感情移入する必要はない」
Gusha「コインランドリーの乾燥機の前で、洗濯ネットだけが先に回ってるのを見るとさ」
Kenja「うん」
Gusha「なんか、ちょっと安心するんだよ」
Kenja「何が?」
Gusha「ちゃんと守られてる感じがする」
Kenja「……最初は刑務所と言っていたのに、最後はずいぶん穏やかな話になったな」
Gusha「刑務所にも、ちゃんと布団はあるだろ」
Kenja「そこへ戻るのか」
Gusha「洗濯ネットって、服を閉じ込めてるんじゃなくて、洗濯機の中で服の居場所を作ってるのかもしれない」
Kenja「そう考えると、少し見え方が変わるな」
Gusha「じゃあ俺もネットに入るか」
Kenja「人間用はない」
Gusha「でも俺、洗濯されたいときあるぞ」
Kenja「それは洗濯ではなく、たぶん休みたいだけだ」
Gusha「じゃあ洗濯ネットの中で休む」
Kenja「狭いぞ」
Gusha「服って、あの狭い中でちゃんと眠ってるのかな」
Kenja「眠ってはいない」
Gusha「でも洗われて、乾かされて、出てきたときにはちょっとだけ違う顔してるだろ」
Kenja「……それは、あるかもしれないな」
Gusha「だったら、あれは刑務所じゃないな」
Kenja「やっと分かったか」
Gusha「更生施設だ」
Kenja「最後までそこから離れないのか」
Gusha「まあ、俺のTシャツもそろそろ更生の時期だし」
Kenja「何をしたんだ、そのTシャツ」
Gusha「昨日、醤油をこぼした」
Kenja「それは早く洗濯ネットに入れろ」

Gusha「……でも、チャック閉めるときだけは、ちょっと悪いことしてる気分になるんだよな」
Kenja「何の罪だ」
Gusha「『しばらくここで我慢してくれ』っていう罪」
Kenja「洗濯が終われば出してやればいい」
Gusha「そうなんだけどな」
Kenja「……」
Gusha「乾燥機の音が止まるまで、もう少しだけ一緒にいてもらうか」
Kenja「お前、洗濯ネットに愛着を持ち始めてないか?」
Gusha「チャック、閉めといて」
Kenja「自分でやれ」