コインロッカーは荷物より秘密を預かっている
Gusha「コインロッカーって、荷物じゃなくて秘密を預ける箱だろ」
Kenja「いや、荷物を一時的に保管する箱だよ」
Gusha「でも一回閉めたら、急に他人行儀になるじゃん」
Kenja「自分で入れた荷物だろ」
Gusha「そうなんだけど、扉が閉まった瞬間に『こちらはお客様のお荷物です』って顔になる」
Kenja「コインロッカーに顔はない」
Gusha「あるよ。あの小さい鍵穴が、めちゃくちゃ事務的な目をしてる」
Kenja「鍵穴を目にするな」
Gusha「しかも番号まで振られてる。俺のカバンが37番って呼ばれてるんだぞ」
Kenja「番号は場所を識別するためだよ。たとえば2026年のコインロッカーでも、基本的には人間じゃなく荷物を管理する仕組みだ」
Gusha「でも俺は37番って覚えるより、『あの箱に俺の人生が入ってる』って覚えるほうが楽」
Kenja「人生をリュック一個に圧縮するな」
Gusha「財布、充電器、折りたたみ傘、昨日買った靴下」
Kenja「急に現実的だな」
Gusha「あと、なんで買ったかわからない小さいキーホルダー」
Kenja「それは人生じゃなくて買い物だ」
Gusha「でもロッカーに入れると、全部が急に大事そうになるんだよ」
Kenja「それは外から見えなくなるからだろ」
Gusha「そう。だからコインロッカーって、物の価値を上げる装置なんじゃない?」
Kenja「違う。見えなくなることで、意識から外れやすくなるだけだ」
Gusha「じゃあ大事な物ほどコインロッカーに入れたら忘れられる?」
Kenja「危ない理屈だな」
Gusha「じゃあ俺、悩みも37番に入れてくる」
Kenja「悩みに100円入れて扉を閉めても、取り出すときには同じ悩みだぞ」
Gusha「でも鍵を持って歩ける」
Kenja「悩みの鍵をポケットに入れるな」
Gusha「なんか安心するだろ。『悩みは駅のロッカーにあります』って思える」
Kenja「それはただ先送りしてるだけだ」
Gusha「先送りって、言い方が悪いんだよ。保管だよ」
Kenja「中身が悩みなら、保管期限を過ぎても誰も回収してくれないぞ」
Gusha「そう考えるとコインロッカーって怖いな」
Kenja「ようやく普通の感想になったな」
Gusha「荷物を預けたこと自体を忘れて帰ったら、俺の荷物は一人で駅に残るんだろ?」
Kenja「一人ではない。ロッカーに入ってるだけだ」
Gusha「でも俺がいないのに、俺のカバンだけ駅にいる」
Kenja「それはまあ、そうだな」
Gusha「しかも俺より先に家に帰りたそうな顔してる」
Kenja「だからカバンに顔はないって」
Gusha「Kenja、もし俺が37番の鍵を持ってるのに、37番が見つからなくなったらどうする?」
Kenja「まず落ち着いて、ロッカーの列を確認する」
Gusha「俺なら鍵を握って、駅全体を探す」
Kenja「なぜだよ」
Gusha「鍵が『こっちです』って言ってる気がするから」
Kenja「鍵は喋らない」
Gusha「でも持ってると、預けた物とのつながりだけは残ってるだろ」
Kenja「……まあ、鍵があることで『あそこに自分の物がある』とは思えるな」
Gusha「ほら。やっぱり秘密を預けてる」
Kenja「そこはまだ納得してない」
Gusha「じゃあ、コインロッカーを開けるときって、荷物を取り出してるんじゃなくて、忘れてた自分を回収してるんだよ」
Kenja「話が急に大きくなったな」
Gusha「カバンを開けたら、昨日のレシートが出てくる」
Kenja「それは自分だな」
Gusha「使いかけのティッシュも出てくる」
Kenja「それも自分だ」
Gusha「なんで買ったかわからないキーホルダーも出てくる」
Kenja「それはもう少し考えろ」
Gusha「……37番、まだ開けなくてもいい気がしてきた」
Kenja「いや、荷物を取りに行け」
Gusha「でも鍵は持ってる」
Kenja「だから何だよ」
Gusha「まだ、俺の知らない何かが入ってる気がする」
Kenja「入れたのはお前だろ」
Gusha「そうなんだけどな」

Kenja「……お前、37番の鍵を握ったまま何分立ってる?」
Gusha「今、開けるところ」
Kenja「何をそんなに迷うんだよ」
Gusha「中から何が出てくるか、ちょっと楽しみになってきた」
Kenja「お前が入れた物だぞ」
Gusha「それが一番わからないんだよ」