買い物かごは、いつから自分のものになる?
Gusha「俺、スーパーの買い物かごって持った瞬間に所有権が発生すると思ってる」
Kenja「発生しない。あれは店の備品だ」
Gusha「いや、心理的な所有権」
Kenja「急に学術っぽく言うな」
Gusha「だってさ、空っぽのかご持って歩いてると『今日は何買おうかな』なのに、一個でも豆腐入れた瞬間『俺の買い物』になるじゃん」
Kenja「会計前だけどな」
Gusha「でも誰かが俺のかご覗いたら『見んなよ』って思う」
Kenja「それは分かる」
Gusha「ほら!」
Kenja「分かるけど所有とは違う」
Gusha「じゃあ、あれは何なんだ」
Kenja「選択したものへの責任かな」
Gusha「責任?」
Kenja「例えば納豆を三パック入れたあと、途中で『今日はやっぱり二パックでいいか』って戻すだろ?」
Gusha「戻す」
Kenja「その時ちょっと申し訳ない気持ちにならないか?」
Gusha「なる」
Kenja「まだ買ってないのに、もう自分の予定を変更した感じがする」
Gusha「かごって未来を入れてるんだ」
Kenja「名言みたいに言うな」
Gusha「じゃあカレールー入れた時点で、今日の晩ご飯も半分決まる」
Kenja「そういうことはある」
Gusha「牛乳入れたら朝も決まる」
Kenja「あるな」
Gusha「アイス入れたら『今日は頑張った日』も決まる」
Kenja「それはお前の基準だ」
Gusha「だから買い物かごって、人生の予定表なんだよ」
Kenja「予定表にしてはネギが飛び出してるけどな」
Gusha「ネギは予定を貫通する」
Kenja「意味が分からない」
Gusha「あとさ、かごの中って性格出るよな」
Kenja「それは昔から言われる」
Gusha「俺、誰かのかご見たら『今日は鍋だな』とか勝手に推理してる」
Kenja「やめろ」
Gusha「白菜、しいたけ、えのき、豚肉」
Kenja「鍋率は高い」
Gusha「でも途中でチョコパイ入る」
Kenja「鍋じゃ説明できない」
Gusha「鍋のあとチョコパイだ」
Kenja「説明できた」
Gusha「逆に、お菓子しか入ってない人見ると心配になる」
Kenja「家に米があるのかもしれない」
Gusha「確かに」
Kenja「かごだけ見ても生活全部は分からない」
Gusha「でも食パン一斤だけ買う人見ると物語感じる」
Kenja「それも勝手だ」
Gusha「『朝だけは守ろうとしてるんだな』とか」
Kenja「食パンに背負わせすぎだ」
Gusha「食パンって苦労人だから」
Kenja「食パンに経歴を与えるな」
Gusha「あと、一回かごに入れたお菓子戻す時って目が合うよな」
Kenja「誰と?」
Gusha「ポテトチップスと」
Kenja「合わない」
Gusha「『今日は違うんだ』って」
Kenja「脳内で会話するな」
Gusha「『昨日もそう言ってたじゃないですか』って顔してる」
Kenja「完全に幻覚だ」
Gusha「俺、負けて戻せなくなる」
Kenja「だから予定外の出費が増える」
Gusha「ポテチは交渉がうまい」
Kenja「ただのお前の意思の弱さだ」
Gusha「あと一番緊張するのは、レジ前で『あ、これ忘れた』って売り場戻る時」
Kenja「かご置いて行くか持って行くか問題だな」
Gusha「持って行く派」
Kenja「俺も持って行く」
Gusha「置いて行くと、誰かがレジ通してくれそうで怖い」
Kenja「そんなことはまず起きない」
Gusha「でも自分のかごって認識してるじゃん!」
Kenja「そこは認める」
Gusha「ほら所有権!」
Kenja「違う。管理責任だ」
Gusha「責任者だったのか俺」
Kenja「少なくとも会計までは一時的な管理人だ」
Gusha「かご管理株式会社」
Kenja「社員一名」
Gusha「福利厚生で試食がある」
Kenja「勝手に制度を作るな」
Gusha「でも試食って、会社説明会みたいなもんだろ?」
Kenja「どういう理屈だ」
Gusha「『うちの商品どうですか』って」
Kenja「その例えは少し分かるのが悔しい」

Kenja「そういえば、日本のスーパーであのタイプの買い物かごが広まったのは1970年代以降だと言われるけど、誰も『これは店の物です』って毎回意識してないな」
Gusha「そうなんだよ」
Kenja「自然と預かって、自然と返してる」
Gusha「一瞬だけ人生を運ぶ器なんだ」
Kenja「買った物より先に、今日という予定が入ってるのかもしれないな」
Gusha「だから返す時だけ、ちょっとだけ寂しいんだよ」