靴ひもの左右会議
Gusha「俺、左の靴ひもに嫌われてる」
Kenja「急に人間関係を靴へ広げるな」
Gusha「右はずっと仲良しなのに、左だけ途中で家出する」
Kenja「ほどけるってことか」
Gusha「そう。コンビニまで歩いただけで『もう無理です』って開く」
Kenja「結び方の問題じゃないのか」
Gusha「毎朝ちゃんと蝶々を作ってるぞ」
Kenja「蝶々って言い方はかわいいけど、結び目の締め方が違うんじゃないか。靴ひもは左右で条件が少し違うこともある」
Gusha「左右で人生違うの?」
Kenja「……歩き方のクセとか、足の動きとか。研究でも結び目が少しずつ緩む理由は調べられてる」
Gusha「研究されてるの?」
Kenja「2017年に話題になった実験もあったな」
Gusha「世界にはもっと急ぐことあるだろ」
Kenja「急いだ結果、靴ひもほどけて転ぶ方が困る」
Gusha「でも俺は思うんだ」
Kenja「嫌な予感しかしない」
Gusha「右の靴ひもが左を説得してる」
Kenja「何をだ」
Gusha「『今日はほどけようぜ』って」
Kenja「そんな悪友みたいな会議あるか」
Gusha「左は『いや、まだ頑張ります』って言うんだけど、途中で負ける」
Kenja「じゃあ主犯は右じゃないか」
Gusha「そうなんだよ。右は最後まで結ばれたふりしてる」
Kenja「証拠ゼロだな」
Gusha「右は策士」
Kenja「靴ひもに性格を設定するな」
Gusha「あとさ、ほどけるタイミングが絶妙なんだよ」
Kenja「どんな」
Gusha「横断歩道を渡り終わった瞬間」
Kenja「それは運がいいな」
Gusha「信号の真ん中では絶対ほどけない」
Kenja「たまたまだ」
Gusha「『今なら止まって結べます』って教えてくれる」
Kenja「優しい説になってきた」
Gusha「だから怒れない」
Kenja「さっきまで嫌われてるって言ってたのに」
Gusha「複雑な関係だから」
Kenja「恋愛みたいに言うな」
Gusha「結び直すときってさ」
Kenja「うん」
Gusha「なんでちょっとだけ恥ずかしいんだろ」
Kenja「道の真ん中でしゃがむからじゃないか」
Gusha「通行人に『あ、この人いま靴ひもイベント中だ』って思われそうで」
Kenja「誰もそこまで見てない」
Gusha「いや、絶対いる」
Kenja「いない」
Gusha「『レベル2の結び直しですね』って採点してる人」
Kenja「そんな審査員いたら一日中忙しい」
Gusha「しかも結び直したあと、ちょっとだけ歩き方が慎重になる」
Kenja「またほどけないか確認してるんだろ?」
Gusha「うん。靴と会話してる期間」
Kenja「確認期間だな」
Gusha「一歩ごとに『大丈夫?』『まだ平気?』って」
Kenja「機械の試運転みたいだ」
Gusha「途中で安心して普通に歩き始める」
Kenja「それで終わる」
Gusha「いや、その瞬間にまたほどける」
Kenja「タイミング悪すぎるな」
Gusha「『油断しましたね』って」
Kenja「靴ひも、ずいぶん芝居がうまい」
Gusha「だから最近は家で結ぶ前に話しかけてる」
Kenja「何て?」
Gusha「『今日は仲良くしような』って」
Kenja「返事は?」
Gusha「ない」
Kenja「当然だ」
Gusha「でも玄関を出ると、なんとなく長持ちする気がする」
Kenja「気のせいかもしれないけど、丁寧に結ぶ時間は増えてるんじゃないか?」
Gusha「結局、人より靴ひもとの対話が増えてる」
Kenja「人との会話も同じくらい頑張れ」
Gusha「でも靴ひもは途中で返事しないから気楽なんだよ」
Kenja「返事したら逆に怖い」
Gusha「『今日は左が休みます』とか言われたら困る」
Kenja「それはもう結ぶ以前の問題だ」

Gusha「明日も左だけほどけたら聞いてみる」
Kenja「何を?」
Gusha「会議の議事録」