空白の日ほど先に埋まっている
予定のない日は自由なはずなのに、なぜか後から埋まっていく。家事や雑務、そして思いがけない休息。
予定のない日は自由なはずなのに、なぜか後から埋まっていく。家事や雑務、そして思いがけない休息。
買う予定もないのに、なぜか足が止まる店がある。商店街の小さな店先は、商品よりも先に人の歩く速さを変えているのかもしれない。
商店街そのものより、なぜか入口のアーチだけ覚えている。人は場所ではなく「これから何かが始まる境目」を記憶しているのかもしれない。
駅のベンチは座る場所であり、誰かが何かを待つ場所でもある。急ぐための駅なのに、なぜか立ち止まる時間も存在する。
朝型が正しいと言われるたび、夜型は少し肩身が狭い。でも深夜の静けさには、昼にはない集中と妙な自由がある。
鍋からカレーを食べる。でも“プリンを皿に移すだけで人間に戻る”。
「靴を履くだけ」を試した。たった3分の散歩なのに妙な手応えを感じ始める。完璧じゃないのに終わっていない、その感覚。
コンビニコーヒーの違いなんて大差ない。そう思っていたのに、飲む場所や時間で“自分の気分”まで変わる。