ドライヤーの冷風ボタンは、なぜ最後に試されるのか
Gusha「俺、ドライヤーの冷風ボタンって、押すと髪じゃなくて人生の温度が下がると思う」
Kenja「どういう意味だよ。冷風は髪に当てるものだろ」
Gusha「だから怖いんだよ。温風で『よし、乾いた』ってなったところに、急に冷たいやつが来る」
Kenja「怖がるようなことじゃないだろ。冷風に切り替えるためのボタンなんだから」
Gusha「でもさ、温風のときはドライヤーが俺の味方だったんだよ」
Kenja「急に家電との人間関係を作るな」
Gusha「ブオーって熱風を出してくれて、『もうちょっとだ、頑張れ』って感じだった」
Kenja「ドライヤーは何も励ましてない」
Gusha「それなのに最後だけ冷風。急に距離を置いてくる」
Kenja「温度が変わっただけだよ」
Gusha「俺だったら言うぞ。『今まで温めてきたのに、最後それ?』って」
Kenja「お前はドライヤーに何を期待してるんだ」
Gusha「しかも冷風って、押すタイミングが難しいんだよ」
Kenja「難しくない。髪を乾かしたあとに使えばいい」
Gusha「その『あと』が問題なんだよ。完全に乾いたのか、まだ少し湿ってるのか、判断が曖昧だろ」
Kenja「触れば分かるだろ」
Gusha「触って『乾いた』って思ったあと、もう一回触るだろ」
Kenja「まあ、それはあるな」
Gusha「さらに反対側も触る」
Kenja「あるな」
Gusha「前髪も触る」
Kenja「お前の場合だけだろ」
Gusha「で、結局もう一回温風に戻す」
Kenja「冷風どこ行ったんだよ」
Gusha「まだ俺たちには早かった」
Kenja「何の決断なんだよ」

Kenja「でも、冷風って一応ちゃんと役割があるんだろ」
Gusha「知ってる。知ってるから余計に困る」
Kenja「何が?」
Gusha「役割があるなら、もっと堂々と最初から使えばいいじゃん」
Kenja「最初から冷風で乾かす必要はないだろ」
Gusha「じゃあ、なんで最後にだけ出てくるんだよ」
Kenja「最後に使う場面があるからだろ」
Gusha「その説明、冷風ボタン本人が言ってたら腹立つな」
Kenja「本人って言うな」
Gusha「『俺は最後に必要なんで』って、ずいぶん控えめなポジションじゃないか」
Kenja「確かに、ドライヤーの中では温風のほうが圧倒的に働いてる感じはするな」
Gusha「だろ? 温風はずっとブオーってやってる」
Kenja「冷風は仕上げ」
Gusha「しかも、押す時間が短い」
Kenja「まあな」
Gusha「なんか、閉店間際だけ現れる店員みたいだ」
Kenja「例えが微妙だな」
Gusha「『本日の営業、最後に冷風だけお願いします』」
Kenja「ドライヤーを店にするな」
Gusha「でも人間も似てると思うんだよ」
Kenja「何が?」
Gusha「もう十分なのに、最後に一個だけ確認したくなる」
Kenja「髪が乾いたかどうか?」
Gusha「それもある。寝る前にスマホを見て、もう寝ようと思ってから天気を見るとか」
Kenja「それは別の話だろ」
Gusha「歯を磨いたあとに、もう一回だけ水飲むとか」
Kenja「それも別だ」
Gusha「冷蔵庫を閉めたあと、ちゃんと閉まったか振り返るとか」
Kenja「だんだん分かってきた」
Gusha「ドライヤーの冷風って、そういう『最後の確認』なんだよ」
Kenja「確認というより、仕上げだろ」
Gusha「じゃあ俺、今から仕上げる」
Kenja「何を?」
Gusha「冷風を押す」
Kenja「髪はもう乾いてるのか?」
Gusha「……知らない」
Kenja「じゃあ、まだ早いんじゃないか」
Gusha「でも、ここまで話したから押したくなってきた」
Kenja「話したことと髪の乾燥は関係ないだろ」
Gusha「あるよ。今の俺、もう気持ちが仕上がってる」
Kenja「髪より先に気持ちを乾かすなよ」
Gusha「じゃあ、冷風いくぞ」
Kenja「……待て」
Gusha「何?」
Kenja「そのボタン、温風じゃないか?」
Gusha「……」
Kenja「だから急に熱くなったんだよ」
Gusha「最後の最後で、俺の確認が足りなかったな」
Kenja「冷風以前の問題だろ」
Gusha「じゃあもう一回、乾かすところからやるか」
Kenja「そこに戻るのか」
Gusha「人生って、そういうもんだろ」
Kenja「ドライヤー一台で人生をまとめるな」
Gusha「……でも、冷風ボタンは押したい」
Kenja「そこだけは残るんだな」
Gusha「最後って、そういうもんだから」