「とりあえず」は全然とりあえずじゃない
「とりあえず」は曖昧な言葉に見える。でも実は、決断を先送りするためではなく、動き出すための言葉なのかもしれない。
「とりあえず」は曖昧な言葉に見える。でも実は、決断を先送りするためではなく、動き出すための言葉なのかもしれない。
通知を消したはずなのに、なぜか「あとで読むつもりだった」と思い続けてしまう。情報よりも気持ちのほうが先に消えているのかもしれない。
予定のない日は自由なはずなのに、なぜか後から埋まっていく。家事や雑務、そして思いがけない休息。
「あとで読む」に保存した記事は、本当に読むためなのか。それとも未来の自分への期待なのか。増え続ける保存リスト。
買う予定もないのに、なぜか足が止まる店がある。商店街の小さな店先は、商品よりも先に人の歩く速さを変えているのかもしれない。
商店街そのものより、なぜか入口のアーチだけ覚えている。人は場所ではなく「これから何かが始まる境目」を記憶しているのかもしれない。
駅のベンチは座る場所であり、誰かが何かを待つ場所でもある。急ぐための駅なのに、なぜか立ち止まる時間も存在する。
古いレシートは本来ただの紙切れのはずなのに、なぜか昔の空気や風景を連れてくる。記録と記憶の間にある、不思議な役割。
印鑑の横に置かれた試し押しの紙。何度も失敗するためだけに存在する。本番より先に失敗を引き受ける。
風鈴は温度を下げるわけでも、何かを運ぶわけでもない。それでも毎年聞きたくなるのはなぜなのか。役に立たないようで残り続ける音。