「あとで」が住みつく場所
「あとで読む」「あとで見る」「あとで調べる」。便利なはずの保存機能は、いつの間にか巨大な倉庫になる。人はなぜ『あとで』を増やし続けるのか。
「あとで読む」「あとで見る」「あとで調べる」。便利なはずの保存機能は、いつの間にか巨大な倉庫になる。人はなぜ『あとで』を増やし続けるのか。
通知を消したはずなのに、なぜか「あとで読むつもりだった」と思い続けてしまう。情報よりも気持ちのほうが先に消えているのかもしれない。
「あとで読む」に保存した記事は、本当に読むためなのか。それとも未来の自分への期待なのか。増え続ける保存リスト。
財布のポイントカードは捨てたのに、スマホの会員アプリは増える一方。整理したはずなのに残り続ける理由、不思議な愛着。
サブスクを整理したはずなのに、また新しいサービスが気になってしまう。便利さより“変われそうな自分”に月額を払っているのかもしれない。
電子書籍は便利なのに、なぜか紙の本も手放せない。読んだ記憶、生活の跡、焼けたページの空気感。本棚に残る“妙な愛着”。
AIって全部を任せる道具じゃなくて、「考える前の渋滞」を少し減らしてくれる存在かもしれない。