一口目だけ、時間の流れが違う
Gusha「最初の一口だけ、時間がちょっと濃いんだよ」
Kenja「飲み物の話?」
Gusha「そう。でもコーヒーでも味噌汁でも、お茶でもいい。一口目だけ、五分くらい使ってる気がする」
Kenja「実際は数秒でしょう」
Gusha「時計はそう。でも体は『ここから始まるぞ』って勝手に思ってる」
Kenja「味より、区切りを飲んでいるということ?」
Gusha「それだ。二口目からは普通の飲み物になる」
Kenja「そんなに極端かな」
Gusha「試してみ。最初だけ、ちゃんと味がある」
Kenja「そのあとも味はあります」
Gusha「あるけど、仕事を始めちゃう。スマホを見る。考え事をする。飲み物が背景になる」
Kenja「確かに最後の一口は、いつ飲んだか覚えていないことが多い」
Gusha「最後はだいたい『あ、もうない』だもん」

Kenja「最初の一口は、飲み物より自分の状態を確認している時間なのかもしれない」
Gusha「今日は熱いなとか、今日は苦いなとか」
Kenja「それだけじゃない。急いでいたとか、少し疲れていたとか、自分のほうも分かる」
Gusha「飲み物が体温計みたいになってる」
Kenja「温度計かもしれない」
Gusha「細かいな」
Kenja「でも面白い。飲み物は同じでも、その日の受け取り方は毎回違う」
Gusha「だから最初だけ特別待遇なんだ」
Kenja「逆に二口目からは、生活に吸収されてしまう」
Gusha「かわいそうだな、二口目」
Kenja「役割が違うだけだ」
Gusha「一口目は開会式。二口目から本番」
Kenja「本番が始まると、もう飲み物を意識しなくなる」
Gusha「だから一口目は毎回、立候補してるんだな。『今日は私が始まりです』って」
Kenja「そんな制度はない」
Gusha「でも毎回当選してる」
Kenja「否定しづらい言い方をするな」

Gusha「明日から一口目だけ、ちゃんと迎えてみる」
Kenja「全部を丁寧に飲もうとしなくても、それくらいなら続きそうだな」
Gusha「二口目以降は?」
Kenja「いつも通りでいいだろ」
Gusha「安心した。一口目だけ特別なら、毎日できそうだ」