値札を見たあとだけ、急に詳しくなる
Kenja「さっきから十五分くらい同じ場所にいるけど、炊飯器でも買うの?」
Gusha「いや」
Kenja「違うの?」
Gusha「値札を読んでる」
Kenja「読書みたいに言うな」
Gusha「値札って情報量すごいじゃん」
Kenja「まあ、機能も価格も書いてあるしね」
Gusha「さっきまで『ご飯が炊ければいい』と思ってたのに、今は圧力IHじゃないと人生が浅い気がしてきた」
Kenja「影響されすぎだ」
Gusha「しかも横を見ると『2026年モデル』って書いてある」
Kenja「新しいモデルだね」
Gusha「急に去年のやつが古代文明に見えてきた」
Kenja「一年しか違わない」
Gusha「でも値札ってすごいよ。読んでるうちに詳しくなった気になる」
Kenja「確かに専門用語は覚える」
Gusha「『これは熱対流がですね』とか言いたくなる」
Kenja「昨日まで知らなかっただろ」
Gusha「知らなかった。でも今なら店員さんに質問されても雰囲気でうなずける」
Kenja「質問される側なの?」
Gusha「はい、対流です」
Kenja「答えになってない」
Gusha「あと比較し始める」
Kenja「それは普通だね」
Gusha「この子は7万円」
Kenja「子って言うな」
Gusha「こっちは6万8千円」
Kenja「うん」
Gusha「差額二千円」
Kenja「そうだね」
Gusha「二千円なら上にするか……」
Kenja「ありがちな考え方」
Gusha「でもその隣は八万円」
Kenja「あるね」
Gusha「じゃあ七万円がお得に見える」
Kenja「典型的な比較効果だ」
Gusha「さらに隣が十二万円」
Kenja「高級機種」
Gusha「もう七万円が無料みたい」
Kenja「無料ではない」
Gusha「危なかった」
Kenja「何が」
Gusha「値札に洗脳されるところだった」
Kenja「もうされてる」

Gusha「でも一番面白いのはさ」
Kenja「まだあるの?」
Gusha「買わないのに一時間いられる」
Kenja「それはある」
Gusha「最終的に『今日は市場調査だった』って帰る」
Kenja「何も買ってない」
Gusha「でも頭の中では炊飯器博士」
Kenja「家には炊飯器あるのに」
Gusha「ある」
Kenja「壊れてもない」
Gusha「元気」
Kenja「じゃあ何しに来たんだ」
Gusha「知らない」
Kenja「そこは考えろ」
Gusha「値札ってさ」
Kenja「うん」
Gusha「未来を買わせようとしてくるんだよ」
Kenja「未来?」
Gusha「『この機能があれば毎日もっと幸せになります』って静かに話しかけてくる」
Kenja「確かに、説明を読んでいると生活まで想像する」
Gusha「想像だけは世界一うまい」
Kenja「実際には今の炊飯器でも十分だったりする」
Gusha「だから帰る頃には、買わなかった満足感と、買えばよかったかもしれない気持ちが同時にある」
Kenja「不思議な終わり方だな」
Gusha「そして駐車場で思い出す」
Kenja「何を?」
Gusha「今日、乾電池だけ買いに来たんだった」
Kenja「目的が一番安かったな」