「とりあえず」は全然とりあえずじゃない
Gusha「『とりあえず』って、日本で一番働いてる言葉じゃないか?」
Kenja「急にどうした」
Gusha「だってさ。『とりあえず座って』『とりあえず食べて』『とりあえずやってみよう』って言われたら、結構そのまま最後まで行くじゃん」
Kenja「たしかに途中じゃなくて、そのまま本番になることはある」
Gusha「なのに顔はずっと仮採用なんだよ」
Kenja「顔?」
Gusha「『これはまだ正式決定じゃありません』みたいな顔で出てくる」
Kenja「言葉に顔はないけどな」
Gusha「でも不思議じゃない? 本当に一時的なら『少しだけ』とか『まずは』でもいいのに、みんな『とりあえず』を使う」
Kenja「断定を避けるためだろうね」
Gusha「そこなんだよ。日本人、決める前に決めてる」
Kenja「矛盾してるぞ」
Gusha「居酒屋で『とりあえず生』って言うじゃん」
Kenja「有名な例だな」
Gusha「でも、あれ本気で迷ってる人あんまりいないだろ」
Kenja「まあ、かなり高い確率で飲むな」
Gusha「なのに『生をください』じゃなくて『とりあえず生』なんだよ」
Kenja「言葉を少し柔らかくしてるんだろう」
Gusha「命令じゃなくて相談みたいになる」
Kenja「近いかもしれない」
Gusha「日本語って、決断そのものより、決断の置き方を気にしてる気がする」
Kenja「面白い見方だな」
Gusha「たとえば『これで行きます』より『とりあえずこれで行きます』の方が逃げ道がある」
Kenja「修正もできるしな」
Gusha「でも、その逃げ道があるから前に進める」
Kenja「確かに。完璧に決まるまで待つよりは動ける」
Gusha「だから『とりあえず』って、優柔不断の言葉じゃなくて出発の言葉なんじゃないか」
Kenja「なるほどな」

Gusha「考えてみたら、人間って全部確定してから動くことなんてほぼない」
Kenja「進学も就職も引っ越しもそうだな」
Gusha「『たぶん大丈夫』で押し切ってる」
Kenja「ずいぶん雑なまとめ方だな」
Gusha「でも本当だろ?」
Kenja「否定はしにくい」
Gusha「だから『とりあえず』は弱そうに見えて強いんだよ」
Kenja「強い?」
Gusha「『絶対』は外れると恥ずかしい。でも『とりあえず』は外れても次へ行ける」
Kenja「柔軟性があるわけか」
Gusha「そう。あれは保険じゃなくて関節なんだよ」
Kenja「急に人体になったな」
Gusha「曲がるから折れない」
Kenja「それは少し分かる」
Gusha「最近思うんだよ。世の中、『ちゃんと決めろ』って言われることが多いけど」
Kenja「まあな」
Gusha「実際に人を動かしてるのは、『とりあえずやってみるか』の方なんじゃないかって」
Kenja「たしかに、最初から確信があることなんて少ない」
Gusha「だから俺、今後も堂々と『とりあえず』を使う」
Kenja「便利だからな」
Gusha「『とりあえず運動する』『とりあえず片付ける』『とりあえず寝る』」
Kenja「最後は普通に大事なやつだな」
Gusha「人生もそんな感じかもしれない」
Kenja「ずいぶん大きな話になったな」
Gusha「とりあえず生きてみる」
Kenja「意外と、そのくらいの方が続くのかもしれないな」