ハンガー、服より先に自分を整えたがる
Gusha「ハンガーって、服を掛ける道具じゃなくて、服を並ばせる係だよな」
Kenja「違う。ハンガーは服を掛けるための道具だ」
Gusha「でも見てみろよ。クローゼットの中、全員同じ方向向いてるぞ」
Kenja「それは収納してるからだろ」
Gusha「服よりハンガーのほうが規律正しいじゃん。シャツなんか一枚ずつ適当に掛かってるのに、ハンガーだけ全員こっち向いてる」
Kenja「ハンガーは服を着ないからな。動かないんだよ」
Gusha「じゃあ、服がハンガーに合わせて生活してるってことか」
Kenja「そこまで大げさな話じゃない」
Gusha「俺、たまにハンガーの向きが一個だけ逆になってると、戻しちゃうもん」
Kenja「分かるけど、それは見た目が気になるだけだろ」
Gusha「違う。あいつだけ反抗期なんだよ」
Kenja「ハンガーに反抗期を設定するな」
Gusha「だって全員右向いてる中で、一個だけ左向いてたら『私は違います』って言ってるじゃん」
Kenja「ただ向きが逆なだけだ」
Gusha「しかも、そういう奴に限って丈夫なんだよな」
Kenja「どういう理屈だ」
Gusha「古い針金ハンガーとかさ。細くて頼りなさそうなのに、何年もいる」
Kenja「それは壊れにくいから残ってるだけだ」
Gusha「新しいハンガーは肩の形とか、滑り止めとか、ズボンも掛けられるとか、いろいろ機能ついてるだろ」
Kenja「最近はそういうのもあるな」
Gusha「でも最終的に一番よく使うの、何の機能もないハンガーだったりする」
Kenja「まあ、それはある」
Gusha「ハンガー界では、普通が強いんだよ」
Kenja「急に業界の話にするな」
Gusha「しかもさ、クリーニング屋でもらったハンガーって、家に入ってきた瞬間から居座るよな」
Kenja「確かに増える」
Gusha「服を一着返してるだけなのに、ハンガーだけ残る」
Kenja「それは返却しないからだろ」
Gusha「服は外出して帰ってくる。でもハンガーは一度家に来たら帰らない」
Kenja「妙に怖い言い方をするな」

Kenja「でも、クリーニングのハンガーは服を返した後に処分する人もいるだろ」
Gusha「処分?」
Kenja「使わなくなったら捨てる」
Gusha「いや、ハンガーって捨てようとすると急に惜しくならない?」
Kenja「ならない人もいる」
Gusha「『これ何かに使えるかも』ってなるじゃん」
Kenja「なるな」
Gusha「で、何か月か後に、何にも使ってないハンガーが三本くらい出てくる」
Kenja「あるな」
Gusha「そして服を掛ける場所が足りなくなって、新しいハンガーを買う」
Kenja「それは完全に増やしてるだけだ」
Gusha「でも古いハンガーを捨てるのも嫌なんだよ」
Kenja「じゃあ何に使うんだ」
Gusha「……何かに使う」
Kenja「それが何かを聞いてる」
Gusha「未来の俺が考える」
Kenja「未来の自分にゴミの処理を任せるな」
Gusha「あと、ハンガーって服によって態度変わるよな」
Kenja「また始まった」
Gusha「薄いシャツには優しいのに、冬のコート掛けた瞬間、急に無言になる」
Kenja「単純に重いんだよ」
Gusha「スーツとか掛けたら、ハンガーの肩がちょっと沈むだろ」
Kenja「それはハンガーが耐えてるだけだ」
Gusha「俺には聞こえるけどな」
Kenja「何が」
Gusha「『今日は重いな』って」
Kenja「聞こえたことにするな」
Gusha「でも、そう考えると、毎日服を掛けられてるのに文句ひとつ言わないんだぞ」
Kenja「お前、急にハンガーを労働者として扱い始めたな」
Gusha「朝はシャツ、夜は脱いだ服。休日は何も掛けられない日もある」
Kenja「それは休みだろ」
Gusha「じゃあハンガーにも休日がある」
Kenja「そこは否定しづらいな」
Gusha「しかも休日なのに、クローゼットでずっと待機してる」
Kenja「……まあ、そう考えると健気ではある」
Gusha「だろ?」
Kenja「いや、俺まで何を言ってるんだ」
Gusha「ほら、ちょっとハンガー側に寄ってきた」
Kenja「寄ってない」
Gusha「じゃあ今日から、逆向きの一本もそのままでいい?」
Kenja「それは……」
Gusha「反抗期なんだろ?」
Kenja「……一日くらいなら、そのままでもいいんじゃないか」
Gusha「ほらな。ハンガー、勝ったぞ」
Kenja「勝負だったのか」
Gusha「たぶん明日には、また誰かが直すけどな」
Kenja「……そういうところだけ、妙に人間なんだよな」