醤油差しは、なぜ最後まで「まだある顔」をするのか
Gusha「醤油差しって、最後の一滴になると急に演技がうまくなるよな」
Kenja「何の演技だよ」
Gusha「まだいます、まだ十分います、俺を見捨てないでくださいって顔する」
Kenja「醤油差しに顔はないだろ」
Gusha「でも持ったときの重さが、絶妙なんだよ。『あ、まだいる』って思わせてくる」
Kenja「残量が少ないだけだろ」

Gusha「それで傾けるじゃん」
Kenja「うん」
Gusha「出ないじゃん」
Kenja「うん」
Gusha「ちょっと戻すじゃん」
Kenja「なんで戻すんだよ」
Gusha「醤油にも心の準備があるから」
Kenja「調味料に心の準備を求めるな」
Gusha「もう一回、角度つけるじゃん」
Kenja「それで?」
Gusha「一滴だけ出る」
Kenja「出るならいいだろ」
Gusha「その一滴が、妙にでかい」
Kenja「あるな」
Gusha「だから俺は思うんだよ。あれ、最後の一滴じゃなくて、最後の一仕事なんじゃないかって」
Kenja「急に何を言ってる」
Gusha「醤油差しが『俺の最後の仕事、これです』って、刺身に一滴だけ置いていく」
Kenja「2026年になっても醤油差しに職業意識を持たせるな」
Gusha「でも最後の一滴って、ちょっと特別じゃない?」
Kenja「まあ、最後まで使った感はある」
Gusha「だから、俺は最後の一滴を出すとき、ちょっと姿勢が変わる」
Kenja「どう変わるんだよ」
Gusha「肘が締まる」
Kenja「スポーツか」
Gusha「目も細くなる」
Kenja「何を狙ってるんだ」
Gusha「醤油」
Kenja「知ってるよ」
Gusha「そして、ゆっくり傾ける」
Kenja「普通に使え」
Gusha「でもな、ここで問題がある」
Kenja「何?」
Gusha「一滴出たあとに、まだ瓶の中で醤油が動いてるのが見える」
Kenja「残ってるんだからな」
Gusha「そう。だから戻せない」
Kenja「何で?」
Gusha「さっき最後って言ったのに、まだいるから」
Kenja「お前が勝手に最後って決めただけだろ」
Gusha「一度『最後の一滴』って思ったあとに、二滴目を出すの、なんか負けた感じするんだよ」
Kenja「何に負けたんだよ」
Gusha「自分の見積もり」
Kenja「そこは妙に正しいな」
Gusha「だから二滴目は慎重になる」
Kenja「結局また使うんだろ」
Gusha「今度は皿を近づける」
Kenja「そこまで慎重になるな」
Gusha「皿を醤油差しに迎えに行かせる」
Kenja「立場が逆になってるぞ」
Gusha「しかも醤油差しって、ちょっと振ったら急に出ることあるじゃん」
Kenja「ある」
Gusha「さっきまで一滴も出さなかったくせに」
Kenja「そういうことはあるな」
Gusha「『いや、そんなに出ろとは言ってない』ってなる」
Kenja「お前が振ったんだろ」
Gusha「醤油差し側も、そこは察してほしい」
Kenja「無理だよ」
Gusha「俺が欲しいのは一滴なのに、三滴くらい出してくる」
Kenja「醤油差しからしたら、三滴も一滴も知らんよ」
Gusha「でも、それで刺身がちょっと濃くなる」
Kenja「そこまで大事故じゃない」
Gusha「その瞬間、俺は醤油差しを見る」
Kenja「だから顔ないって」
Gusha「『お前、まだこんな力あったのか』って」
Kenja「感動するところじゃない」
Gusha「そしたら次の日、また食卓に置いてある」
Kenja「補充されてなければ、また少し残ってるな」
Gusha「俺は思う」
Kenja「何を」
Gusha「昨日の最後の一滴、最後じゃなかったんじゃないかって」
Kenja「だから残量を見れば分かるだろ」
Gusha「そうやって数字にしてしまうと、つまらないんだよ」
Kenja「醤油差しの残量にロマンを求めるな」
Gusha「……でも、次に傾けたら出るかもしれない」
Kenja「出るだろ」
Gusha「出なかったら?」
Kenja「補充する」
Gusha「出たら?」
Kenja「使う」
Gusha「……じゃあ、まだ終わってないな」
Kenja「何が?」
Gusha「この醤油差し」
Kenja「……そういうことにしておくか」
Gusha「もう一回だけ、傾けてみる」
Kenja「さっきから何回やるんだよ」
Gusha「今のは予告だから」
Kenja「予告だったのかよ」
Gusha「本番はここから」
Kenja「……皿、近づけとくぞ」
Gusha「ほら、Kenjaも期待してる」
Kenja「してない。ただ、飛び散るのが嫌なだけだ」
Gusha「……それも期待の一種だろ」
Kenja「違うと思うけどな」
Gusha「……出るかもしれない」
Kenja「……出なかったら、今日はお前の勝ちでいい」
Gusha「何の勝負だよ」
Kenja「俺にも分からなくなってきた」
最後まで、まだある シリーズ
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