レシピは最後まで読まなくてもいい
料理はレシピどおりに作るものと思っていたのに、気づけば途中から匂いや音、見た目を頼りにしている。レシピは答えではなく、最初の一歩を押してくれる存在なのかもしれない。
料理はレシピどおりに作るものと思っていたのに、気づけば途中から匂いや音、見た目を頼りにしている。レシピは答えではなく、最初の一歩を押してくれる存在なのかもしれない。
本に貼った付箋は、あとで読み返すための印だと思っていた。でも実際は、安心して先へ進むための目印なのかもしれない。
飲み物は最後まで同じ味のはずなのに、なぜか最初の一口だけは特別に感じる。その数秒は味だけではなく、自分の状態や一日の始まりを受け取っている時間なのかもしれない。
通知を消したはずなのに、なぜか「あとで読むつもりだった」と思い続けてしまう。情報よりも気持ちのほうが先に消えているのかもしれない。
「あとで読む」に保存した記事は、本当に読むためなのか。それとも未来の自分への期待なのか。増え続ける保存リスト。