冷蔵庫を開けた俺、目的だけを置いてきた
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Gusha「俺、冷蔵庫を開けると記憶が消えるんだよね。あそこ、食べ物を冷やす代わりに用事を冷凍してるだろ」
Kenja「冷凍しているのは食品だ。用事まで凍る仕組みはない」
Gusha「じゃあ説明してよ。さっき牛乳を取りに来たのに、扉を開けたら卵しか見えなくなった」
Kenja「牛乳も見えていたんじゃないのか」
Gusha「見えてた。でも、牛乳を取りに来た俺がいなくなった。そこに立っていたのは、卵を眺める知らない女」
Kenja「自分を他人扱いするな。まず、何をしようとしていたか思い出せ」
Gusha「それが分からないから冷蔵庫の前にいるんだよ。俺は今、人生の分かれ道に立ってる」
Kenja「分かれ道じゃなくて台所だ。扉を開ける前に何を考えていた?」
Gusha「牛乳だった気もするし、昨日のカレーだった気もする。あと、麦茶を飲もうとした可能性もある」
Kenja「候補が三つもあるなら、どれか一つは思い出せそうなものだが」
Gusha「違う。三つとも俺の記憶の中では本命なんだよ。冷蔵庫の前で選挙が始まってる」
Kenja「投票する前に、冷蔵庫の中を見ればいいだろ」
Gusha「見たよ。卵、納豆、豆腐、牛乳、昨日のカレー。全員いる。なのに、俺だけ何しに来たか分からない」

Kenja「食品の在庫確認に来たと思えば、ずいぶん立派な仕事をしたな」
Gusha「そうか。俺は無意識に冷蔵庫の棚卸しをしていたのか」
Kenja「納得するな。棚卸しを頼まれた覚えはない」
Gusha「じゃあ一回閉める。閉めたら、開ける前の俺に戻れるかもしれない」
Kenja「冷蔵庫の扉にタイムマシンの機能はないぞ」
Gusha「閉めた。……あっ、思い出した!」
Kenja「何だった?」
Gusha「冷蔵庫を開けたら何を忘れるか、確かめようとしてたんだ」
Kenja「その実験のために、何かを忘れる必要はないだろ」
Gusha「でも成功したじゃん。忘れることを忘れずに実行した」
Kenja「忘れるかどうかを調べるために、わざわざ忘れたのか。実験のやり方が雑すぎるだろ」
Gusha「俺、こういうときは冷蔵庫の前からいったん離れるんだ。違うことをすれば、頭の中の道がつながる」
Kenja「それは一つの方法だな。少し歩いて、別のことを考えてみればいい」
Gusha「よし。台所を出て、リビングに行く。そこで何かを見れば思い出すはず」
Kenja「その何かを探しに行くんじゃないぞ」
Gusha「分かってる。俺は目的を持たずに歩く。目的を持つと忘れるから」
Kenja「それでは、ただの散歩だ」
Gusha「……あっ、牛乳だ!」
Kenja「思い出したか」
Gusha「いや、リビングのテーブルに牛乳パックが置いてある。昨日、冷蔵庫から出して、そのままだった」
Kenja「先に片づけるべきものが見つかったな」
Gusha「つまり俺は、牛乳を冷蔵庫に戻すために来たのかもしれない」
Kenja「かもしれない、で動くな。まず牛乳を冷蔵庫に戻せ」
Gusha「戻した。よし、これで用事が一つ終わった」
Kenja「最初の用事だったかどうかは分からないがな」
Gusha「ところで俺、何か飲もうと思ってたんだよね」
Kenja「今度は何を取りに来た?」
Gusha「それを思い出すために、冷蔵庫を開けようと思う」
Kenja「その扉だけは、開ける前に用事を書いた紙を貼っておきたいな」
Gusha「いいね。『開ける理由を書く』って紙を貼ろう。これなら忘れない!」
Kenja「紙に何を書くかは覚えていられるのか?」
Gusha「……あれ、何を書くんだっけ?」
Kenja「紙を貼る前に、紙に書くことを忘れるな」
Gusha「大丈夫。忘れたときのために、紙に『何かを忘れた』って書いておく」
Kenja「それは冷蔵庫を開ける前から分かっている情報だろ」
Gusha「でも、冷蔵庫ってすごいよね。何を忘れても、中には何かあるんだもん」
Kenja「それはそうだが、食べたいものが必ずあるとは限らないぞ」
Gusha「じゃあ、俺が今探してるものも、いつか冷蔵庫の中から出てくるかもしれない」
Kenja「探しているのは食品なのか、記憶なのか、そこから整理したほうがいい」
Gusha「……とりあえず、もう一回開けてみようかな」
Kenja「何のために?」
Gusha「それを知るために」