納豆のたれ、最後の一滴まで出すべきか
Gusha「納豆のたれって、最後の一滴まで出したら負けだと思う」 Kenja「何に負けるんだよ」 Gusha「…
Gusha「納豆のたれって、最後の一滴まで出したら負けだと思う」 Kenja「何に負けるんだよ」 Gusha「…
使い切ったはずなのに、なぜかもう一滴だけ出そうな気がする。食卓に置かれた小さな醤油差しをめぐって、残量の見極めと「最後の一滴」への妙な執着が始まる。しかも、傾け方ひとつで話は思わぬ方向へ進んでいく。
時計を見るたびに、残り時間が増えるわけでもないのに、なぜか気持ちだけが追い立てられる。たった1分で「まだ大丈夫」と「もう無理」が入れ替わる、その不思議な境目。いつの間にか時間を確認する道具に、生活まで判定されている気がしてくる。
靴を履くためだけの道具だと思っていたものが、いつの間にか「無理をしないための言い訳」になっている。靴べらをめぐる妙な理屈が広がるうちに、便利さと甘やかしの境目まで怪しくなっていく。
カラオケの選曲履歴には、前にこの部屋を使った人が残した曲が並んでいる。たった数曲なのに、なぜか性格やその日の気分まで想像できてしまう。履歴を見るだけだったはずが、次第に「この人は何を考えていたのか」という妙な推理が始まっていく。
神社で引いたおみくじに書かれた「末吉」をめぐって、運の良し悪しよりも、その順番そのものが気になり始める。吉の種類は誰が並べたのか、なぜ「小吉」は「中吉」より下なのか。気にしなくていいはずの順番が、だんだん妙に気になってくる。
車内に並ぶ「iPhone」「AirPods」「KENJAのスマホ」……。ただ接続するだけのはずなのに、機器の名前には妙な個性がにじんでいる。名前を付ける側と、名前を見られる側。その境目を考え始めると、Bluetoothの一覧が少し違って見えてくる。
なぜか残り10秒を切ると、その場を離れられなくなる。普段なら気にも留めない数秒が、終わりを待つための特別な時間に変わっていく。たった1秒を見届けることから、日常の「待つ」という行為の妙な感覚が浮かび上がってくる。
使い終わったトイレットペーパーの端が三角に折られていると、なぜか「誰かが整えてくれた」と感じてしまう。けれど、それは本当に親切なのか、それとも次に使う人への妙なメッセージなのか。三角形ひとつをきっかけに、トイレットペーパーの端にまで人間関係が見えてきて……
荷物を預けるためのコインロッカーなのに、なぜか中身を入れた瞬間から、その荷物の存在そのものを忘れたくなる。そんな不思議な距離感に気づくと、ただの四角い箱だったはずのコインロッカーが、少し違って見えてくる。