ティッシュ箱の最後の一枚
ティッシュの最後の一枚だけ、なぜか妙に取りにくい。そんな誰もが知っている小さな違和感から、「最後」の正体について。
ティッシュの最後の一枚だけ、なぜか妙に取りにくい。そんな誰もが知っている小さな違和感から、「最後」の正体について。
輪ゴムはたくさんあるうちは気にならない。でも最後の一本になると、急に「これを使っていいのか」と迷い始める。
スーパーの買い物かごを持って歩いていると、なぜか少しだけ堂々としてしまう。まだ会計前なのに「自分の買い物」だと感じる、あの不思議な境界線。
なぜか財布の中に残り続ける期限切れの会員証や診察券。もう使わないはずなのに捨てられないのは、物への未練ではなく、過去の自分への遠慮なのかもしれません。
財布を開くたびに増えていく1円玉や5円玉。どうして人は小銭を減らしたいのに、また増やしてしまうのか。財布の中で密かに開かれている「小銭会議」。
気づけば傘立てはいつも満員。捨てる決心もつかないまま増えていく傘の中で、なぜか1本だけ手放せない。
折りたたみ傘なんて便利なだけの道具だと思っていた。でも、裏返っても戻る感じや、雑に扱ってもまた使う感じに、少しだけ人間っぽさを見つけてしまう。
なくなった瞬間に急に好きになる物ってある。歯ブラシ、ノート、Tシャツ。性能じゃ説明できない“そこにいてくれる感じ”。
セリアの“変な便利グッズ”を笑っていたはずなのに、気づけば手放せなくなっていた。小さなイライラを救う話から、人生まで転がっていく。
おにぎりを包んで、髪を巻いて、気づけば枕にも敷いていた。便利というより、“静かに生活になじむ感じ”が妙に心地いい。